音楽修業を探る参考図書その1

かつての巨星の繁栄を伝える参考図書を上げておこう。
尚、この世界は、絶版が多いはずであるから図書館にでも行って見つけるとよい。

見つからなければ、「ああ、かつてこんな本があったのだ」と脳の片隅に記憶しておけばよい。

 


順不同である。思い付くままに上げている。

 

1:さよならバードランド / ビル.クロウ著、村上春樹訳、新潮社1996年

(ベニー.グッドマンは善人か、を知るだけでも面白い。その前に映画「ベニー.グッドマン物語」を見ていた方がよい。念のため、善人か悪人かは、音楽とは無関係である。)



2:悲しい恋の物語 / 近藤等則(としのり) 音楽之友社、(1983年)


3:ジャズと爆弾 /中上健次、村上龍、 角川文庫(1982年)


4:カフカ/夜の時間 / 高橋悠治 晶文社(1989年)


5:日本音楽の再発見 / 團伊玖磨、小泉文夫 講談社現代新書(1976年)


6:モダン.ジャズのたのしみ /植草甚一 晶文社(スクラップ.ブック12)

(49歳で突然ジャズに目覚めた実況記録。「植草甚一:1908年~1979年」)


その他の植草ジャズ本:


当時の植草氏にとってジャズは「古典音楽」ではなく、最先端な音楽であった。(今、映画はイタリアに注目せよ!映画音楽作曲家エンニオ.モリコーネはまだ生きている!)


*バードと彼の仲間たち /植草甚一 晶文社(スクラップ.ブック13)

 

*モダン.ジャズの発展 / 植草甚一 スイングジャーナル社(1977年)

*衝突と即興 / 植草甚一 スイング.ジャーナル社(1977年)

*ぼくたちにはミンガスが必要なんだ / 植草甚一 晶文社(スクラップ.ブック14)

*マイルスとコルトレーンの日々 / 植草甚一 晶文社(スクラップ.ブック15)

*ジャズ前衛と黒人たち /植草甚一、晶文社(1976年第22刷「1967年第1刷」)

*ジャズの十月革命 /植草甚一 晶文社(スクラップ.ブック25)

 

かつての黄金期のジャズを伝える、植草甚一氏に関しては切りがないのでこの辺で一応終り。専門は映画とミステリー評論家である。淀川長治氏の先輩にあたる。故人。1979年、12月2日、東京は国領の街に暮していた頃、中華の大衆食堂で野菜いためを昼食に食べている時、何気なく開いた新聞で死亡した事を知る。その新聞記事をそのまま盗み出し「植草甚一読本」晶文社(1975年)の最後のページの余白に切り抜いて張り付け現在も所有。記事のタイトルは、「ヒノテル、ナベサダ葬送曲、植草さん安らかに」である。1979年12月2日合掌、と二十歳の頃の自分の直筆で記されている。』

 

おすすめ本 その2

7:ブルースの魂白いアメリカの黒い音楽(「BLUES PEOPLE」1963) / リロイ.ジョーンズ(ReLoy.Jones)、上林澄雄訳 音楽之友社(第17刷1980年「第1刷1965年」)

(黒人の詩人、たっぷりと黒人側の主張を聞けばよい。黒人史。手に入らないだろうが、、。)

(復刊情報:入手可能、タイトル「ブルース.ピープル」)2005年1月14日追記

8:「改訂新版」ジャズ、ラグタイムからロックまで /ヨアヒム.ベーレント、油井正一訳、誠文堂新光社(1978年第3刷「1975年第1刷」)


『ここだけの話しだが、高柳昌行教室では、第1,2,3週が実技、第4週がジャズの歴史と自由作文提出、その時のジャズ歴史の教科書がこれ。これを「批判的読書方式」で読み進んで行った。「これは嘘だ、そんな事は著者の勝手な意見だ。まるで事実のように書いている。気をつけた方がよい」等。おおまかなジャズ史の把握、といった所である。実体を知らないで「名著らしい」と言っていたら大恥じをかくだろう。悪書ではないが。その記録部分を抜き出し把握する。著者独自の決めつけ断定文とは、敏感に区別する。「批判的読書」とは、それは「公理」なのか、でなければそれを証明しているか?。またその出典は明確か?。この様々な視点をもった読書法が批判的読書(「検証的読書」の方が適確な言葉だとは思う)である。このサイトの読者なら、「それは、友寄隆哉という偉い人が言っていた」で終ればよい。「何でそいつは偉いんだ?」と返されたら、「うん、それも本人が言っていた」と言えばよい。』

9:ジャズを聴く /ジェリー.コカー 小木曽俊夫訳 音楽之友社1989年

(他にも「ジャズ.アドリブ入門」「ジャズ.イディオム」が同作者、同社からあるが、まあ、これがプレーヤーにも入門書になる。具体的なジャズ指南書を取り上げたら切りがない。100册は軽く超えてしまう。「ジャズ」だけでもである。「音楽」となるとさらにその倍はある。)


10:キャバレー /栗本薫、 ハルキ文庫 (1983年)


(ちょっとした息抜き娯楽ジャズ小説)


11:ジャズ.カントリー / ナット.ヘントフ 木島始訳、(講談社文庫1977年版?) 晶文社(現在)


(古典となったジャズ小説。白人の高校生が、大学へ進学しようか、それともジャズ.ミュージシャンの道を歩もうかと悩む小説。モンクとミンガスを足して2で割ったキャラクターが出て来る。「ライ麦畑でつかまえて」(サリンジャー)同様10代で読んでおくのが望ましい。)


12:自分の構造-逃げの心理と言い訳の論理 /加藤諦三 PHP文庫

13:辛さに耐える心理学 /加藤諦三 PHP文庫

(若者なら、この2册くらいは読んで人生修行に挑め!)


14:トニオ.クレーゲル /トーマス.マン 高橋義孝訳 新潮社文庫「1967年第1册」)

(彼はなぜ、軍人としてもりっぱな業績を残したにもかかわらず詩人の地位も得たいのだろう、という芸術家の資質とは何かを思索する。「最も、多くを愛する者こそが、敗者である」が有名な箴言(しんげん)である。短編なのですぐに読めるだろう。もしこれを読んで何の記憶にも残らなかった、という者は、芸術的感性は全くない、と言えるだろう。)


15:「美について」 / 今道友信 講談社現代新書 1981年第16册「1973年第1册」)

(「芸術論」であるからむつかしい。相当読書慣れしていないと無理かもしれないが、一応、こうした世界にも馴れておいた方がよい。わかってもわからなくても。この手のものは、何百册と表現者は読んでいる。作品は、その人の全てを既に「露呈(ろてい)」している。)

 

16:守破離の思想 / 藤原稜三 ベースボール.マガジン社(1993年第1刷)

(これも読書慣れしてない者には、むつかしいので責任が持てない。しかし興味のある者には大変面白い。日本が誇る「芸道」の思想である。これを読み世界と闘う日本の武士となれ!。良き「師匠」を選ぶ際の指針ともなる書である。私の「守破離」のおもしろ話しは、この本以前からの世界である。念のため。真面目に知りたい、と思う人向けである。読破できればその後の修行人生の実りは大きい。奥が深いので「還暦」になるまで知ったかぶりしない事。)


17:風姿花伝  /世阿弥  岩波文庫

(日本の「能」を極めるための各年齢においての心得書。古文の世界なので、むつかしい。注釈はある。面白いかどうかまたまた責任が持てない。「還暦」になり人生にまちがいはなかったか、もう一度読んで見るために読んでおけばよい。最後まで言っている境地は長生きした修行人にしかわからない事は言うまでもない。)

18:本を読む本 / モーティマー.J アドラー著、講談社学術文庫

(音楽とは関係ないが、この1940年刊の古典的名著からすべての読書道は始るので、上げておく。読書が苦手な者は、ここから始めるとよい。)

ここに至り、読書分野は「無差別」となるが一応、上げておく。何ら精神の揺さぶられる事のない消費音楽をこれ以上得意気に絶賛して行く人種の増加に少しでも歯止めをかけるためである。

音楽同様、知っている量ではない。

どれほど深く知ったか、にある。

その数を増やして行く地道な日々の作業である。「本を聴く」、「音楽を読む」のである。

 


1:
日本フリージャズ史 / 副島輝人(そえじま.てると)青土社(2002年)

2:インプロヴィゼーション―即興演奏の彼方へ /デレク ベイリー (著), Derek Bailey (原著), 竹田 賢一 , 木幡 和枝 , 斉藤 栄一 (翻訳) 工作舎(1981年?)

(手に入らないだろうが、忘れていた。図書館はどうか。)


(*復刊情報、新装版、入手可能)2005年1月14日追記

 

3:「自分で考える」ということ/レグルス文庫 沢瀉 久敬 (著) 新書 (1991/11/01) 第三文明社 (旧、角川文庫1963年)

4:エロス的人間論 /小此木啓吾著  講談社現代新書(1970年)

5:幻想芸術の世界 / 坂崎乙郎 講談社現代新書 (1969年)

6:現代音楽の冒険 / 間宮芳生 岩波新書(1990年)

7:構造主義 / 北沢方邦 講談社現代新書(1968年)

 

8:水平思考の世界 / エドワード.デボノ著 講談社ブルーバックス(1971年)

9:自己不安の構造 / 石田春夫著 講談社現代新書(1981年)

10:孤独の世界 / 島崎敏樹著  中公新書(1970年)

11:「大舟日記」小津安次郎先生の思い出 / 笠智衆(りゅう.ちしゅう)扶桑社(ふそうしゃ)1991年

(半分冗談の息抜き本である。長い間売れなかった役者の人生からも学べるのである。小津映画を見てからがよい。)

 

おすすめ本その3

音楽基礎理論書


1:
新しい音楽通論 / 三室戸文光、小出浩平 音楽之友社


2:楽典 / 音楽之友社

「最低限、以上の2冊が理解できなければ上級の音楽書を読んでも役に立たないだろう。上級の理論書と言う物は、大概は、単なる「読み物」であるから一般の人間でも読める物ばかりである。大変なのはこうした「基礎知識」である。」


3:
やさしく学べるジャズ.ハーモニー.コード進行の基礎理論(1)/ 飯田敏彦 全音楽譜出版社


(市販の理論入門書では最も丁寧な「
バークリー理論」である。プロの1流ミュージシャンなら誰でも書ける。売れないので、もはや確実な学校教材テキストとならなければ出版してくれる出版社がない分野ではある。)


*バークリー理論アメリカのジャズ大学、バークリー音楽大学(ボストン)がジャズを一般大衆に広めるために「誰でも弾けるジャズ理論」と言った方式で開発したジャズ.アドリブ理論を簡素化した音楽理論

 

4:ジャズ.イディオム / ジェリー.コカー 笹森建英訳 音楽之友社(現在入手困難、ジャズの勉強の総合プランを立てている。)

 


5:
ジャズ.アドリブ入門 / ジェリー.コカー 笹森建英訳 音楽之友社

(以上は、難易度順に並べてある。次第にむつかしくなっている)

 

ジャズ教本おすすめに関連して

 

音楽は、元来、聴覚の時間芸術である。

 

音感、感覚、センス、等のすべてに劣るにもかかわらず、音楽を専門的に「語り」たがる者が基本的に「理論」に頼るのである。

あるいは、「解説、評論」である。


本来、音楽を、こう演奏されるべきである、としたり顔で解説する事が既に、こうした「資質」に欠ける人種である事を「証明」している。

大切な事は、その音楽で、何を相手に「感じさせたか」に尽きる。

そして、その相手は、馬鹿か、阿呆か、天才か、凡人か、普通の人か、神経症か、スノッブか、ストーカーか、という事をリサーチするだけである。


聴衆の誰もが、彼の「話し」に感動した、というのに、1人、「彼の言葉の使い方は、文法的にまちがっているのですよ」と得意気に語る者は、縛り首に値いするだろう。


「理論」と呼ばれる内は、使い物にならない。

それは、既に「過去」の分析の記述でしかない。

理論とは、こういう風な音を使ったらこういう風な世界になる、という事を伝えるだけの過去の実験結果でしかない。

お見合いの席で屁をこいたら破談になりまする、という類の指南書と思えばよい。

プロは、理論を語らない。


素晴らしい「音楽」を創造したか、否かである。


そこに「理論」が生まれるのだ。


したがい「理論」が先にあるわけではない。


あるのは研ぎすまされた「感覚」である。


文法書通りに会話をすれば、「ワラワハ、イヤ デ ゴジャリマスル」と言う会話にしかならない。


*人間の人体構造にくわしい医学者たちが自己を優秀なアスリートにする事ができるか?


*サッカーの実技理論に通じた者は、最高の選手となれるか?


*化学者が料理家を目指せば、一流のシェフになれるか?


*文法学者の書く文章はどれも「名文」か?

 

(念のため、これらをまったく知らない者も無理である)

 

以上の事から、ちゃんとした実践経験豊富な「プロ」の教師からジャズ理論は学んだ方が修得は早い。大体、独学では、3年かかる所を半年では理解するのではないだろうか。くれぐれも付け加えておくと、理論は、実践経験豊富な者から習いなさい!巷(ちまた)にはびこる大したアドリブ能力もない「理論オタク」は避けなさい!まったく見当違いの「解説」を平気で行なっているので要注意!

なぜなら、実践を通して、机上の「理論」のどこが役に立たないか、どこがどうでもよい事か、を知るからである。

実践経験のない者は、リングに上がればただただ震えているだけである。

プロ演奏家とアマチャアー理論家の違いは、その「アドリブ」が聴くに耐えうるか否か、にある。


正しい教師選びは、その教師が十分な実践経験を持った、あるいは対戦歴を持ったミュージシャンであるか否かの一点である。


初心の者では、その教師の演奏では判断は下せないから実践歴、対戦歴を見て偽物か本物か、を見ればよい。


**に習いました、**に通っていました、の類は、冒頭で述べたように、その地位にある者は、私自身も含め何百人といるからである。


それだけでは何の「証明」にもならない。


難関を突破しての経歴は、尊重するに値いする事は言うまでもない。


念のため。


山田花子も女子プロレスラー「出身」である。

デビューはしていないが、、、。


「山田花子プロレス教室」、があればあなたは通うか?という事を考えて見ればよい。


いずれにせよ、「師匠」を選ぶ事は、一大事業である事は言うまでもない。


お金がない、という理由を掲げる者は、音楽を学ぶ必要はない。


私は、どれだけの金銭を「音楽」に注ぎ込んで来ただろう。


そのためにどれほどの「犠牲」を払って来たのだろう。


音楽界も別にあなたを必要としていない。


どんな仕事でも金銭は作れる。


働くのが嫌なら餓死してのたれ死ねばよい。


料理人は、一回の食事で使う金を惜しまない。


学者は、本に糸目をつけようとしない。


酒飲みも同様である。


でなければ、お金がなかったから、と「還暦」になるまで言い続けていればよい。


私の教室とも、「無縁」な人種である事は確かである。


50歳くらいになってもどうしても上手くなりたければ、訪ねてくればよい。


その頃、私の教室があるかどうかは不明である。


あれば、あなたが無駄にした「青春」をちょっとだけ取り戻して上げよう。


ああ、これくらいの技量でもう一度、「青春」を送りたかった、と後悔するであろうが、そのまま「還暦」になるよりは、楽しいはずである。


しかし、私に何十年習っても一切進化しない者もいる。


彼等は、別に、上手くなろうとは思っていないようである。


実際、何を言っても「完成」を見た事がない。


しかし要求する事だけは忘れない。


こちらからの要求は一切全うしない。


だから、こうした者への、私の責任は一切ない。


彼等自身の問題である。


本気で上手くなりたい者ではないからである。


すべては、そのできそこないのプライドのせいである。


あまりにも小さな世界にいたから早くで「完成」してしまったのである。


これは、しかたない。


臆病なのに、他人よりすぐれた人間になりたい、という「野望」を抱いたせいである。


おそらく、音楽とは無縁の原因がそこにあるはずである。


しかし、年月を経ないとその事を自分自身でも、認めないようである。


あるいは生涯、認めないかもしれない。


1人、皆んなよりも早く「還暦」になれ!


20代の若者は、自分の前途は有望である、と夢見ているから言われた通りの事はしてくれない。


いらん事ばかりをしている。


早く、学校を卒業して社会人になれ!。


気がついた頃には、それ所ではないはずである。


私は、一応、述べておいたから後は、勝手に判断すればよい。


私のようになりたくない、と思えば、一切実践しなければよい。


でも私に足りないのは「お金」だけである。


本当にそれだけである。


他は、そこそこに持っている。


だからあとは、宝クジを買えばいいだけである。

あなたは、お金があったって不安だらけであろう。

その他には何もないからである。

起きて半畳、寝て一畳である。


でも本当は、そうは思っていない。


なぜなら、既にホームレスがそれを実践しているからである。

 

以上、初心の者へ言いたい事を好き勝手にではあるが、述べておく。

私自身は、こんな入門書があればよかったと思っているから掲載している。

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