ジャズに出会う

 

 

大概の日本人がジャズに出会うのは、18才くらいからではないだろうか。


入学した「都会」の大学の「ジャズ研」といった軽音楽クラブに入部してからである。


早熟な者とはいえ、高校生活も後半なのではないか。


中には、親爺(おやじ)が聴いていたから、という「エリート」もいるだろう。


あるいは、遠い記憶の片隅から無理矢理そうした体験を引っぱり出して来た者もいるだろう。


そう言えば、1年に1度会うか会わないかの「遠い親戚の叔父さん」が聴いていたような気がするから、わりあい早くから自分は「普通の人」よりも先にジャズには親しんでいた、ような気もしないではない、ような気もする、である。


これがアメリカだと、大体、おじいちゃんや親爺がベニー.グッドマンなんかを聴いていたからぼくも自然に、、、というのがかつての世代である。


それで、子供の頃、誕生日におばあちゃんからギターをプレゼントされて、それからずっとロックン.ロールには夢中さ、というのが大体の発端である。


(やっぱりロックンロールが先だな。)

 

小学校の帰り、楽器店のショーウィンドウに飾ってあった金ピカのトランペットがどうしても欲しくて、ある日、盲目の店主の隙(すき)を見てガラスを割ってかっぱらったんだ、それからさ、ジャズを始めたのは、、、という奴はそういないはずだ。


少なくとも、ここ日本にはいない。


しかし沖縄には、いるような気がする、、、、。


私の最初のギターは、親戚の経営する外人バーで、米兵が飲み代の肩代りに置いて行ったとされるフォーク.ギターだ。


なぜかボディに「田端義夫」とサインがあった。


小学6年生くらいだったので、そのサインの文字が上手く読めなかった。


おそらく誰かに読んでもらったのだろう。


しきりに感心されたが、今思うと、そんなサインなんかなければもっとかっこよかったのにぃ、、、と思う。


でも、そうした縁があってか田端義夫(往年の流行歌手)は大好きになった。


彼の「十九の春」は、沖縄の唄だ。

 

その他、一般には、習いに行った近所の音楽教室の先生がジャズ関係であったと言う事で、ジャズに出会ったりしている。


さらに早熟な者は、「ジャズを習いたい」という、「まず先に言葉ありき」から師を求め、近所の教室に通ってとんでもない悪癖(あくへき)を身につけ、長い間苦労して、ようやくその悪癖を取り除いたと思ったら「還暦」を迎えた、という者もいる。


かわいそうであるが、これもまた「運命」である。


この場合は、ロック、ブルース出身の奏者が「ジャ、ジャズも弾けるから、、」と言って指導した可能性が高い。


これは、ギターと言う楽器に多い。


ピアノの場合は、ポピュラーピアノ教室の講師が、「ジャ、ジャズも弾けるから、、」と言って生徒を取ったりしている。


何とか金を使わずにジャズが学べないか、という者は、インターネットを駆使して、様々に「ジャズ講義」をしている怪し気なホームページの数々に出会う事になる。


いずれも実に怪し気な「経歴」を持ち、「私は、コロンビア大学に在籍していた事もある」、というような、感じである。


どんな事が書いてあるのか、と見れば、これもまた様々である。


独断と偏見に満ちたミュージシャン評が羅列されていたりする。


しかしこれもまた個人の言論自由である。


その人は、そう思って生きている人だからしかたない。

どうしても発表せずには、日々生きていけないのだろう。


読んだ者は、こいつは「完璧な」阿呆だなあ、と思うだけである。


しかし、中には、自分の意見であるにもかかわらず、それをきっぱりと断定し、それがあたかも「事実」であるかの如く「講義」している者もいたりする。


ジャズ理論とか、音楽理論の類(たぐい)は、図書館にでも行って、それを丸ごと引用してしまえば、誰でもそれらしい「ジャズ講義」が完成する。


これは、大学を受験しようと言う「頭脳」の持ち主なら誰でも1ヶ月程度では、それらしい講義をする事ができる。

ただ、受験勉強で忙しくてやらないだけである。

だから大学に合格してしまえば、「暇」になるからやるかもしれない。

もし、そうした「ジャズ講義」をやらない、としたら、それは、その人が、こんなレベルでは「恥ずかしい」と思っているからである。


おそらく自分の回りに、自分より楽器が上手い「先輩」がいたりするからであろう。

しかし、自分の回りにそうした「先輩」がいなければ、やるかもしれない。


大学を卒業してしまえば、今度は社会人である。


新入社員の身分では、とてもそうした活動で自分をアピールしている暇がない。


あの受験生時代と同じである。


しかし、まあ、何年かして次第に仕事にも慣れ、少し日々に「余裕」ができる。


大体、その頃だろう。


皆が、自分でも「ジャズ講義」をしてみたくなる頃は。


私にも師匠がいる、、、と言っても私から見れば師匠は1人だが、師匠から見れば、何百人といる中の1人の弟子に過ぎない。


いちいち名前すら覚えてもいないだろう。


私と同じ師匠を持った弟子たちは、世の中には掃いて捨てるほどいるからである。


私も当然、掃いて捨てる者の中の1人である。


だから私が、誰々に習った、という「経歴」も大して誇れるものでもない。

それを誇るかどうかは、師匠の側の問題である。


裏がえせば、そうした弟子の身で、師匠は誰々である、という事を誇れる、としたら、私を含めその「地位」にある者は何百人もいる、と言える。


したがい、こうした立場の弟子は、何ら「特権的地位」にあるものではない。


問題は、師匠の側から見て「弟子である」と誇れる弟子であるか、と言う事になる。


という事になれば、弟子と言う者は、「誰々に習った」、というだけでは何の誇れる材料もない、という事になる。

ましてや、実際、習ってもいないのに「師匠」としてかつぎ出してはもっと意味がない。

 

この場合は、「私淑(ししゅく)」と言えばよい。


マイルス.デイビスに私淑。


BBキングに私淑。


バッハに私淑。


時折、そのバリエーションとして「感銘」を使う。


ストラビンスキーに「感銘」を受ける。


武満徹に「感銘」を受ける。


あるいは、

 

バルトークに師事、、、、したかった。


メシアンに師事、、、したかった。


ドビュッシーに師事、、、したかった。

 

「したかったシリーズ」である。

 

等々。

 

したがい、弟子が弟子自身の存在を証明するためには、弟子自身の「音楽的活動」の「年月」を重ねる事によって、自分自身を証明して行かなくてはいけない。


ポット出の中年には、NHKの「おじさんロック.コンテスト」がある。


みんな、若い頃は、「うるさ型」で鳴らしていたはずである。


「プロ.ミュージシャン」側からも「とにかく、うるさい!」と言われた連中である。


そのおかげで、実生活では「成功」し、音楽を趣味でやれる「余裕」もできた。


師匠を持った者には、本来、弟子として課された「行(ぎょう)」と言うものがあるが、彼等は、まず「おじさん」になるための修行を「優先」した所が「堅実な人生」である。


問題は、誰の弟子であろうがどうでもよい期間を「終えて後の」何年にもわたる日々の実践にある。


その実践の日々の評価によって、ようやくその人の「師匠」という存在が世に認識される。


バークリー音楽大学では、ミック.グッドリックに習った、というギタリスト、ジョン.スコフィールドであったり(実際には、2、3回のレッスンであったとしても)、パット.メセニーに習い彼を尊敬しているという同年のマイク.スターンや、あるいは、パットからは大した事は習っていない、彼の方が私から学んだはずだ、と主張するアル.ディ.メオラもいたりする。


昔、クラシック.ギターを習い出した頃の教本に「カルカッシ.ギター教本」(原版)
溝淵 浩五郎 編著(全音楽譜出版社)というものがあった。


現在でも改訂を重ね存在しているだろう。


この教本の序章部分の前書きに、良い学び手の心得、というような事が書いてあった。


まだ、中学生くらいであったからよくその意味がわからなかった。


そこには、「例え、自分自身が、かつて習った先生を技量で超えてもけっしてその事で、そうした先生たちを見下してはならない」、とあった。


これは、長い年月を経てようやく理解するようになった。


しかし、この場合は、その先生自身も懸命に生徒を育て上げようと指導した場合、という条件を付記しなければいけない。


中には、ひどい「先生」もいるからである。


どんな先生が「ひどい」かと言えば、これは様々であるから一概には言えない。


ひどい「生徒」もたくさんいるからである。


普段は、にこにこしているつもりの私が、オレもあんたのように音楽教室を開いて生徒を取って小銭を稼ぎたいんだ、と言えば、私の眼光はキラリと光り出すだろう。


物を他人へ伝える、という事は、大変な「責任」を持つ。


1年ばかり英会話教室に通ったという主婦の英会話教室と思えばよい。


物事は、最初が肝心である。


最初に覚えた事がすべての「土台」となりその脳に刻み込まれる。


もうそれ以上積み上げられる事のできないちっぽけな土台が出来上がってしまうのである。

これは、もっともっと様々な事を吸収しよう、と思った者にとってはその土台が「障害」となる。


包丁の使い方は、料理好きな友達から習ってっから、もうマスターした、次は「プロの料理人」を目指したい、と言って来たら親方はどう思うだろう。

あるいは、空手の型は、近所の格闘マニアの兄ちゃんに教えてもらったから今度は実践を教えてくれ、と言われたらどうだろう。


できるならその逆がまだよい、と師範は思うだろう。


だからここでは、そのスタートをちゃんとした方がよい、とだけ言っておこう。


大抵は、まったくその初歩からやり直されるだろう。


もう一度、バイエルを弾かされ徹底してその「フォーム」を矯正されるだろう。


もうその土台の「上」には大したものは乗せられない、という事を優秀な師匠はすぐに見抜いてしまうからだ。


生兵法は怪我の元、ということわざもある。


プロレス同好会にいたからとすぐにプロのレスラーの末席に座る事はできないはずだ。


何の技も一切使えないが、基礎体力だけは自信があります、という「初心者」の方が確実に将来有望である。


音楽の場合の「基礎体力」に当たるのは、楽器を弾く際の「フォーム」であったり、音楽性、リズム感と言ったものに当たるだろうか。


中には、そうしたものはどうでもよく、実際の曲が大切である、とする者もいるが、そうした事を説く「プロ」は存在しない。


「メロディを弾く」、という行為の中に、そうしたすべての「結実」を見なくてはならない。

したがい、ちゃんとメロディがごきげんに弾ける、という事の裏には、すべての「能力」が既に証明されている事になる。


ああ、リズムが変だな、ああ、下品な音色だな、ああ、音程がぶれてるな、ああ、ひどい音楽性だな、ああ、ああ、あああああああああ、、わあ~やめてくれ~、である。

実際、マイルス.デイビスなどはそれだけでそうしたすべてを証明したではないか。


上手いミュージシャンは、大体、これだけで証明している。


アドリブ能力と言うのではない、音楽的基礎能力、の事である。


クラシックのチェロの巨匠、ミッシャ.マイスキーのシューベルトの歌曲をチェロの演奏のみで弾く、という試みを聴けば、その事が理解できるだろう。

これは、歌曲だらけのジャズの世界にも通じる試みである。


だからメロディを弾く、と言う事を簡単に考えていては、進歩はありえない。

そこに至るまでの様々な修行の到達点としてメロディ演奏が存在するのである。


リズムや音楽性をいいかげんにして一足跳びに「メロディ」にしがみついて見ても、問題は何も解決しない。


メロディをすぐに弾けると言うのは、したがい、アマチャアー.ミュージシャンの特権である。

プロは、そこをすべての「到達点」と見なして修行しているのである。


すぐれたミュージシャンは、必ず、それだけの「演奏技法」ですべてを語る事ができる。


実際、そうではないだろうか?


手元のCDをひっぱり出して確認して見ればよい。


彼等の「技法」にかかれば、どんな陳腐(ちんぷ)なメロディも素晴らしい個性をそこに込め、すぐれたメロディとして再認識させられるだろう。

彼等は、元より、メロディには頼っていないのである。


それを活き活きと蘇(よみがえ)らせる自身の「音楽性」にこそ自己の存在証明を求めているのである。


なぜなら、誰が弾いてもよい、とされる「メロディ」に自身を托していては、修行する意味がない。


これは、すぐれた歌手も同様である。


彼等にとっては、どんな唄でも、ある程度の「感動」を引き出してしまうのである。

したがい、すぐれたミュージシャンは、そうした技量を支える「能力」を磨く事に「修行」の意味を見い出し、その曲の持つ「メロディ」自体の良さ、というものに依存していないからこそまた、その能力が磨かれて行く、とも言える。


ジャズ.スピリッツの有無は、何の変哲もないメロディの譜面を、一切のアレンジ、フェイクを排して演奏してもなお、表現できる、と言えるのである。


簡単な例を上げれば、北島三郎が何を唄っても北島三郎ではないか、という事である。


そこに無理矢理な、北島風のアレンジ、フェイクを取り入れる事によってのみでしか表現できない、としたら、彼の北島スピリッツは偽物である。


ナンシーウィルソンが「りんご追い分け」を唄ったらシリーズ、、と仮定しても同様である。


武士は例え刀を腰に差していなくても武士である。


(この例えも当たっているかは確かではない。)


ここでは、リズム感、音楽性と言ったものを軽(かろ)んじて話す者の話しに耳を貸さない事である、と指摘しておく。


プロ.ミュージシャンでそんな事を言う者は一切いない。


したがい、これらを無視した意見は、机上で長年音楽を語る「癖(へき)」が染み付いた実践の試合経験のない臆病なアマチャアー理論家の戯言(たわごと)である。


(評論家=アマチャアー理論家、、、の図式である。共に同種の人種である。)


これは、アメリカであれイギリスであれヨーロッパのミュージシャンであれ、「タイミング」という言い方で「リズム感」を重視した教育をしている。


なぜならリズムとは、その音楽の「心臓音」となるからである。


安易に機械音に忠実に再現されたものをリズムとは言わない。


それは、個々の個性が全く無視された大量生産用の、誰でも手軽に体験できる人口パルス音の類(たぐい)でしかない。


したがい、ここに誰でも依存可能な安易性を見い出す事ができる。


一見ロボット演奏のように見えるチック.コリア(ジャズ.ピアノ)は、こうしたパルス音を突き破り独自のパルスを手に入れている。


アマチャア.ミュージシャンが怖る怖るその案内に従い前へ進む臆病な世界はどこにもない。


彼、チックは、機械音を自分に従わせているのである。


これも「似て非なるもの」、である。


チックは、その事を熟知し、実際の機械のクリック音に従う事はしない。


常にスリリングな展開をリズムに求めている。


すべてはこの「リズム」に尽きる、と言う者もいる。


そう考える者は、かなりの「高段者」たちであるから、初級の者は、実際何を言っているかわからないであろう。


少し、解説を加えれば、実際の「音使い」、と言うものは、いくらでも一流の「プロ」なら改良する事ができる。


しかし、リズム感だけは、そう簡単には行かないのである。


これは、どんな料理メニューを開発しようと、その大本となる「出汁(だし)」がまずい者は、何を演奏しても「まずい」と言える。


リズム=タイミング、は、そうした味の基本である。


種々のメロディは、種々のメニューに当たると思えばよい。

 

視点を変えよう。



私が、これまで、横目でちらっと見て来た限りでは、初心者の多くは、何年経ってもさほど楽器は上達していない。


かつては少年、少女だった者もそのまま「還暦」を迎えているようである。


まあ、近所では評判にはなるくらいであろうが、これを近所から、もうちょっと広げると隣の街にもあなたど同様なレベルの者が「君臨」しているはずである。


したがい、もの凄く狭い範囲で、あなたは、ライバルに出会う「頻度(ひんど)」も高くなる。


みんなあなたくらいなのだからしょうがない。


あなたは、それを中々認めようとはしない。


あなたが、ボクシングをかじったとしよう。


あなたは、世界チャンピオンになら負けてもよいが、地区予選などで負ける事は、自己のプライドが許さない、と思っている。


しかし、実際のあなたの実力は、地区予選さえもあぶないのである。


あなたは、その成立課程で、一切の「対決、試合」をした事がないまま、回りにボクシングには興味がない、という者だけを集め「大将」になってしまったからだ。


これは、人気テレビ番組の「がちんこファイト.クラブ」でよく目にする光景である。


チャンピオンになら負けてよいが、近所の者には負ける事は許されない、と思っているからである。


本物は、その逆である。


近所の者に勝ってから、しだいに、隣町まで「遠征」し、それに限界を感じてから全国を目指すのである。


あなたの町に異常とも言える猛者(もさ)ばかりいるなら、あなたはあっと言う間に全国のチャンピオンである。


あなたがようやく勝った者は、全国でも、あなたの次の位に位置する者であろう。


しかし、あなたの住む街は、そうした街ではあるまい。


気性の荒い者が多い、と思っていたら、殺人をおかす者も多かった、という街でもあるまい。


実際には、飲み屋でそう口論できない島もある。


いつのまにか口論の相手がいない、と思っていたら、自宅へ帰り、必ず刃物を持参して来たりする、といった街もある。


親兄弟、友人知人、あたりかまわずの無法地帯である。


これは、持って生まれた「環境」というやつだ。


ここには、あなたと同じ「資質」の者が溢れている、という事になる。


こうなれば町中をボクサーにする教育しかない。


困ったものだ。


しかしこれは一般的な例ではない。


通常は、あなたでも「大将」になれるほどのおとなしい町である。


あるいは、誰もジャズには興味がなく楽器も弾かない、という世界である。


音大のピアノ科卒の女子も、うじゃうじゃいるわけでもない。


だから安心してクラシックミュージックの話しも得意気に語る事ができる。


ならず者のブルース弾きもたむろしているわけではない。


だからあなたは、オレの生き様を見よ、と酔っぱらって熱くブルースを語る事ができる。


ホームレスの身で、唄好きで、拾ったギターで、好きな歌を唄う者がいれば、すぐ様、「ここに本物のブルース.シンガーがいる」とわめくのだろうか。


あなたの苦しみは、思いきってそういう風に暮らせない、というだけのものではないか。


技量で勝負できないなら、後は、口で勝負するしかない。


なぜなら、あなたは、どうしても「他人より優れた人間」にならないと気がすまない「育ち」をして来たからである。


あなたの人生そのものである。


けっして「他人よりも面白い人間」などではない。


これもこのサイトの誕生とともに指摘している事である。


今回は、ちょっとストレートに言っているにすぎない。


何かを学ぼうと思ったら注意しなくてはいけない事がある。


よい「師匠」を見つける事である。


これも再三指摘している。


こんな経験はないか?

 

もしあなたに「優秀な」親兄姉がいたとしよう。


あなたは、そうした親兄姉から様々な「要求」をされる。


もっと「他人より優位な地位の人間になりなさい」である。


結論を先に言えば、私の見た限り、その多くは、大概、後年、神経症となっている。


ささいな事に怯(おび)え、過剰に反応するのである。


あなたは、必死で、そうした「優秀な」親兄姉に気に入られようと多くのエネルギーを費やしてしまったのである。


なぜか?


それは、その親や兄や姉が「優秀な」教師ではなかった、という事だ。


あたりまえである。


物事を教えるには、ちゃんとした経験としっかりとした「知識」と「忍耐」と「ユーモア」が必要である。

それは、あなたの親兄姉の教え方がまずいのにもかかわらず、その解説を「理解しない」あなたに苛立(いらだ)ちを感じたのである。


あなたは、何かを教えてもらうたびに「恐怖」を感じるのだ。


その経験が日々重ねられ、あなたは、親兄姉から解放された途端にそうしたすべての事から逃れた境遇に生まれて初めての「自由」を感じる。


もうすべての「押し付け」は嫌だ、というわけだ。


こういう人を私は、たくさん知っている。


その後遺症で、以後、自分から進んで「学ぶ」事をやめてしまう。

あなたは、ちょっとした言動でびくついてしまう繊細な人間になってしまったのである。


あなたは、傷つきやすいガラスのハートになってしまったのだ。


別に他人は、それほどの指摘をしているわけではない。


しかしあなたはそれに過剰に反応してしまうのである。


かつてのびくつきが消え去らないままあなたの中に生き続けているのだ。


例えば、鞭(むち)で叩かれ、強制的に思い荷物を運ばされた「奴隷(どれい)」の体験をあなたがかつて経験した、とする。


やがて「奴隷解放」の時代を経て、あなたはようやく「自由」となる。


もう、あんな日々は、まっぴらごめんである、とあなたは自由を謳歌(おうか)して生きる。


そうした日々を経て、ある日、あなたは、この荷物を持ってくれないか、と言われた、とする。


この時に突然あなたは、反応するのである。


なんで私が、荷物を持たなくてはいけないのだ!、、と。


別に大した荷物でもなく、相手は、単に、「荷物を持ってくれないか」とだけ言ったにすぎないのである。


『これを私は、「無色の言葉」、と呼ぶ。それは何の思惑も他意もない、単なる「指摘」である。「あなたは太っている」「あなたは背が低い」「あなたは中学しか出ていない」「あなたの車はボロ車だ」といった指摘である。

この「無色」の言葉に、それぞれ何らかの否定的側面を感じ、「色づけされた言葉」としてとらえてしまうのはあなた自身の劣等コンプレックスによる反応なのである。

なぜなら、実際にそう指摘されても「まったくそうですね」と反応する者も存在するからである。これは特殊な少数例ではない。

これでは、「現実」を直視しなければいけない「芸」の向上は不可能である。

「おまえは、下手な方だな」「素人はよくそう言うんだな」「NO,THANK YOU 」「君たちは、アマチャアーなんだからそれでいい」、、、等々。

こうした言葉もすべて「無色」の言葉である。

ただ、その人の立場を「形容」しているにすぎない言葉である。

それなのになぜか、こうした言葉に「反応」してしまうのである。

実際の「現実」を単に形容しただけである。

例えば、稼業が「自転車屋」という事になぜか引け目を感じている者がいたとする。

当然、彼に取って、「君の家は、自転車屋だろ」という言葉は「無色」の言葉ではない、という事である。

これは、すべて自分というものを無意識に「否定」しているからである。

実際の自分と、自分がこうありたい、と望む姿にギャップが生じているのである。


これでは、到底、「プロ」としては生きていけない。

「現実」は常に受け入れ難い事ばかりである。

したがい、人は常に「錯覚」していなければ生きるエネルギーを得られない。

しかし、実際の「現実」を直視できなくては、そこをのり超える事も不可能である。


汽車で旅行中の精神分析医のフロイドは、ある夜、自分の部屋から出ようとドアへ向かった。するとそこに1人のかなり高齢の老人が入って来るように思われた。


そして自分の部屋へ入って来ようとする老人へ向かい、「お爺さん、お爺さん、ここは、私の部屋ですよ」と言いながら電気を付けた。

しかし、フロイドが、そこに見たものは、ガラスに写った自分自身の姿であった。

この事により、フロイドは、どうしょうもない現実の自分自身を「客観的」に「正確」に認識した。

以来、生きるエネルギーを失った、という事件である。

自分は、そんなに「年寄り」ではない、と思って過ごしていたから日々を元気に生きていられたのである。

これほどに、人は、現実の自分に対しての「錯覚」が生きるエネルギーとなっているのである。

先の「あなたは太っている」という言葉に過剰反応した者は、自分は、さほど「太っていない」という自分に対しての「認識」があったのである。

これは明らかに「錯覚」である。

誰が見ても彼は「太っている」。


彼が、その現実を受け入れないかぎり、彼は、それを克服しよう、という決心も生まれない。

あるのは、それを「無色の言葉」によって指摘した者に対しての「怒り」である。

彼が芸人なら、彼の「芸」は、生涯、磨かれる事はない。


芸人殺すに刃物はいらぬ、お上手、お上手、3回言えばいい ”である。

彼もまた、そのまま「還暦」を迎える。

「無色の言葉」でない「色付けされた言葉」は、プロに向かって、「君は素人だね」という発言である。


これは、明確な意図をもって「非難」している言葉のはずである。


その際、これが「理不尽」なら怒ればよいし、そうでなければ「やっぱりそうなんだよなこれくらいでは、、、」と落ち込むかは、その人自身の向上心の問題である。

「日本のプロのミュージシャンは外国のプロのミュージシャンより下手である」、、と言う言葉があったとすれば、どうか。


私見では、一部の者は、「激怒」していい、無知な発言である、と思う。

これは、「無色の言葉」ではないからである。無色の言葉とは、ただ「事実」を述べているだけである。

「これは、ペンです」の類である。「この料理は、まずいね」は、どうであろうか。


私は、「無色の言葉」だと思う。少なくとも料理人がこれを無視したら彼の店へは次第に客は来なくなって行く事であろう。しかし、これを主婦に対して述べたら、大変な結果を招く事になろう。これがプロとアマの差である。しかし通常は、プロは自分自身でその「判断」を下せなければ彼に進化はない。誰も何も彼には言ってはくれないまま去って行くだけである。

しかし、当然、その事を承知の上で「見送る」事もプロとして生きる「現実」である。

これがアマチャアーなら「登校拒否」、「ひき籠り」である。

科学者の眼で、自己を見なくてはプロとしては生きてはいけないのである。』

 

つまり、ある時期、強制的に嫌々何かをやらされた人間にとっては、「何か料理を作ってくれないか?」と言われただけで過剰に反応してしまうのである。


私は、あなたの召使いではない!、、である。


これは、かつて嫌々ながら強制的に「受験地獄」を送って来た者にも言える。


少しでも「理論的」な事を説明すると、うわあこんな事もやらないといけないんですか!と、あなたはまず拒否反応が先に来てしまう。


「宿題の課題」でも与えようものなら大変だ。


うわあ宿題ですかあ!、、となる。


これが奇妙な過剰反応である。


別に、ここは、どこかのヨットスクールのように、強制的に放り込まれた「生徒」を教えているわけではない。


ジャズのアドリブを学びたい、といって自分からやって来たはずである。


この過剰反応が顕著に表れるのは、学校の勉強が嫌でミュージシャンにならなれる、として保護者同伴で教室を訪れた高校生に接してみればわかる。

あるいは、20才の若者でも同じである。


あるいは、ようやく試験から解放された人たちである。


「うわあ、もうお勉強は勘弁してくれ~」である。


こうなっては、もう何を言ってもダメである。


よほど、強制的に「お勉強」をさせられていたのだろう。


残念だが、そのまま「還暦」を迎える。


したがい、何をするのも最初が肝心である。


教師としての「技術」「知識」を持たない近親の者や近辺の者から学んでは、後々、こうした後遺症を持つ事となる。


あるいは、氾濫した情報に惑わさせられる。

 

あの技は、こうやるらしいのよ、あれは確かこんな感じだったような、という情報が飛び交うのである。


中には、「あれはこうだよ」と何でも断定して決めつけてくる者もいる。


どちらかと言うとこっちの方が多い。


私の父は、何の楽器も弾けないにもかかわらず、ギターはもっとこうやってやさしく弾くんだ、と言ってくる事がある。


『このくそバカ親爺は、かつて、私がギターを始めた頃、このナイロン弦は、釣り糸でできているから、何も、楽器屋で買う必要がない、おまえは楽器店に騙されているのだ、と言って譲らなかった。』


こんな者が近辺にうろうろしていたのでは、真っ当な修行は不可能である。


『また、演歌の「こぶし」は、こうして出すんだ、と言って自分の喉仏(のどぼとけ)の近辺の皮をつまんで揺らし、声を震わせて見せた事もある。』


こんな家からはすぐれた歌手も生まれない。


すぐれた音楽家になるためには、一切、こうした者の意見に耳を貸さない事だ。


兄弟姉妹間での教師と生徒的関係が後に悪影響を及ぼす例としてマンガ「ピーナッツ(チャーリーブラウン、スヌーピー)」での姉ル-シ-とその弟ライナスの関係を思い出す。


姉のルーシーは、弟のライナスへ、何かにつけ様々な事象を解説して教えようとする。


その解説をライナスは、いつも熱心に聞いている。


その光景をチャーリー.ブラウンが、毎度目撃しているというお決まりのシーンである。


ざっとそのいくつかのシーンを紹介しよう。

 

1:ルーシー:「ライナス、、あなた空気のあたたかさを感じる?これがインディアン.サマーなのよ、インディアン.サマーはね、もともとずるーいインディアンたちが考えだしたものなのよ、、、インディアンはね、、近づいてくる騎兵隊をだましてよいお天気だと思いこませるの、、、じっさいには雪が降ろうとしているのにね!」

(その光景を見ていたチャーリー.ブラウンのつぶやき)「ボクなにもいわないよ、、ボクはまきこまれないよ、、、ボクはなにもいわないよ、、」


2:チャーリー.ブラウン:「ルーシーこれ聞いて(本を持って来て読んであげる)、、、、”インディアン.サマーとは、、晩秋の初霜のあとのウララカな天気のことである”、、だってさ」

ルーシー:「その本いったいだれが書いたの?、インディアンなの?どう?インディアンが書いたのかってきいてるのよ?どう!」


チャーリー.ブラウン(ぼやき):「ムナシイ、、、、」

 

3:ルーシー:「ライナス、、、これがやつでの木よ、、、」

 (その光景を見ている)チャーリー.ブラウン:「やれやれ」


ルーシー(ライナスへ向かい):「その名はふつうの人が8歳になるとスッポリと手をまわすことができるということからできているのよ」


チャーリー.ブラウン:「ルーシーいいかげんにしないか!かれにくだらないことばっかり教えて、、胃が痛くなるよ!」


ルーシー:「ほっときましょう、、、さ~てとこれが竹の木よ、、ライナス、、」(、、といいつつルーシー、弟ライナスを連れ去る)


チャーリー.ブラウン(お腹を抑えて苦しむ):「ウーン!ウーン!ウーン!」


4:ルーシー(ライナスへ向かい):「さ~てと、、これが電信柱よ!、電信柱は、、ほんとは柱ではないなんておもしろいでしょう!、じっさいには電話会社が自分たちのためにとくに開発した木なのよ、、、」

(またまたその光景を見ていた)チャーリー.ブラウン:「ウー!ウー!ウー!」


5: ルーシー:「ライナス、、木の葉を研究するのっておもしろいわよ、、ほとんどの人は秋がくると木の葉は落ちると思っているらしいけど、、、」


(またまたその光景を見ている)チャーリー.ブラウン:「もう胃にきた!」

ルーシー(ライナスへ向かい):「じつはねリスに食べられる前に木から自分でとびおりるのよ」


ライナス(チャーリー.ブラウンの所にやって来る):「ハキケがする!となりにすわらせてチャーリー.ブラウン」

 

『以上、「しょぼくれチャーリー.ブラウン「GLOOMY: Charlie Brown 1955」 谷川俊太郎,徳重あけみ共訳 TSURU COMIC(ツル.コミック)1972年 JAPAN」より。(私は、このシリーズのマンガを100册くらい持っている)』

 

こうした事からも、近親の者、近辺の者からの「情報」を鵜呑(うの)みにして対象を理解する事は、要注意である。

しかし、中には、長年専門的な教育を受け、さらに「教える」という事にも長けている兄や姉もあろうからすべての兄弟姉妹関係に言える事ではない、という例外もあろう。


それでもこうした場合は、かなり歳の離れた「忍耐力」のある兄や姉でないとどうも上手く「教育」は完成しないようである。


大概が、傲慢な親兄姉の気まぐれな「感激」の実験材料としてモルモット同然にされているのが実状である。


教育に必要なものは、何にも増して、その教育メソッドの充実である。


そしてそれを忍耐強く実践する能力である。

 

近親の者は、一般には、そこに「愛情憎悪」の念が働くから「教師」としては不適格である。


教師に求められるものは、この生徒は別にどうなってもかまわない、とするクールな情熱である。

しかしその一方で、何か事が起れば、教師自ら自分でその問題を処理する、という覚悟である。


これは、この子がどうなってもしょうがないがしかし最後まで責任は自分が取る、とする親の態度にも通じるものである。


どうしてもこうなってもらわなくては、この子のためによくない、とする「理由」もあやしい。


大概が、そうなってもらわなくては「自分」の気持ちが晴れない、とする傲慢(ごうまん)な要求でしかないかもしれない。


この違いを見極めるには、親自身はどうか、とその実践の有無を見ればよい。


また、その「要求」もコロコロ変わるのであるから、教えを受ける者はたまったものではない。


傲慢な人間は、自身が「傲慢」である事を絶対に認めない。


「おまえのためを思っていっているのだ、、」というのがその大義名分である。


この事は、自分がいなければ、この子は生きていけない、とし子供を道連れに母子心中に持ち込む「母親」の事を考えてみればよい。


そうしなければ自分の気が済まないのである。

それ以外の選択肢が考えられないのである。


「おまえのためにこんなに苦労したのだ、、」と説く者たちである。

 

プライド高い人間も、自分がどれほどプライド高い人間であるかを認めない。

しかし回りは既にそれに気づいて誰もその事を指摘しない。


だから自分で気づくしかない。


なぜプライドが高いか、という問題は先に指摘した。


自分が臆病である事を認めず、勇気ある人間にあこがれ、それをさも自分自身のように演じるからである。


勇気なんてものは、数々の修羅場や実践の経験の場数を踏んで来なければ中々生まれるものではない。


そうした経験が一切ないから自身を「勇気ある人物」と思い込もうとするのである。


「そのスジ」の者ばかりがいる飲み屋で、「勇気」を自慢する者はいないだろう。

数々の場数を踏んで初めて、「う~む、何か、どうやらオレは勇気があるらしい」と気づくものである。


長年怪んではいたのですが、どうやら自分には、勇気がないらしい、という結論にやっと至りましたのでここに発表させていただきます、と決定する事項である。。


どうやらオレは善人らしい。


ひょっとしたらあたしは悪人かもしれないわ。


まさかと思っていたが、このまま死んで行くとすると、オレには、「運」がないように思える、今やっとそれが判明したようだ。

 

等々。


果たして以上の事が、ジャズを初めて学習する者と一体何の関係があろうか、と思われるかもしれない。


私は、関係がある、と思う。


何がどう関係するか、という事は、ここでは説明しない。


良き師匠に出会ったり、また良い師匠になったり、あるいは、すぐれた「生徒」となるためにも頭に入れておいた方がよい事である。


これから様々な者が回りに出現し、わけのわからない勝手に決めつけられた「知識」を披露して見せるだろう。


あなたは、あなた自身の力で、その中から「本物」を見抜かなくてはいけない。


そして、身銭(みぜに)をきって物事を学ぶ事を覚えた方がよい。


数々の才能ある若者が、この二つを軽視し、挫折し、還暦を迎え、人生を悔いた。

ジャズは、一般には、1960年代に全盛を迎え、多くのスピリッツあるミュージシャンをこの時代に誕生させた。


これはロックも同様である。


二つが張り合ったのである。


しかし、今は、様々なスタイルの「派閥」を生み互いが「棲(す)み分け」している。


それぞれが、自分のいる世界こそが「真実の方向である」と信じている。

かつての巨星は、ついに大爆発を遂げ、様々な小惑星として再び個別に生存しているのである。


ある者は、ノスタルジーの世界へ、ある者は、この欠片(かけら)こそがやがてまた巨星の核となる、と信じているのである。


あるいは、私たちは、忘れ去られたこの小惑星で十分余生を送る事ができます、と言うのである。

 

言える事は、みんな元々は、その巨星の住人でもなかった、と言う事である。


自分の生まれた星を捨て、巨星に憧れて故郷を捨てて行った者たちである。


だからあなたは松本零士氏のマンガ「銀河鉄道999」の星野鉄郎少年のように、欠片となった様々なジャズの小惑星を旅して見ればいい。


メーテルも鉄郎もいない1人旅ではあるが、、。

 

2002年、4月3日(水)午前3:15分

 


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