ミュージシャン分類法

ミュージシャン分類法


ミュージシャンはその指向によりある程度大別できる。


私の分類法は以下である。

 

1:エネルギー系

とにかくありあまった気力と体力をすべてぶつけて演奏すればよい。

若い内にしかやれない。

2:心(こころ)系


とにかく音楽は、首から下だぜ、と何でも心が入らなくてはいけない、とする一派である。

突き詰めて行くと「親孝行」で、いい人でないと音楽はやれない、とするリスナーを作り出しかねない。

とにかくなんだか「涙」がこぼれる、という音楽である。

文科系の音楽である。

 

 

3:心なし系


音楽はすべて数値に置き換えられる、とするデジタル一派である。

基本的に理科系の音楽である。

音楽のすべては「実験」でしかない。

西洋人の大半はこれである。

日本人の心は通用しないから、日本人から見ると「心なし系」となる。

彼等には十分それが「心」であるのだが、、、。

 

4:親孝行できなくてごめんなさい系


これはもう、ヒステリー音楽である。

なんでもやけっぱちで、とにかく「切れた」演奏である。

音楽で親孝行ができなかったためにすべての人生を投げやりに暮すのである。

エネルギー系のようにも見えるが少し違う。

悲惨な人生の怨念を音楽にぶつけているのである。

全員が「神経症」と診断される病気を持っている。

普段は無口なのがその症状である。

 

 


5:霊感奏法(唱法)系


これは日頃から神がかりである。

行動も少し奇行風である。

とにかくすべてが霊感によるお告げから来るものである。

霊感と言っても一般に言われているものではない。

まあ、普段からインド香を焚(た)いているようなリスナーに囲まれるような音楽である。

 

6:感覚系


感覚のおもむくままに演奏される音楽である。

天才型に多い。

楽器の練習は一切しない。

それよりも絵を見たり、哲学書を読んでいたりする方がよい。

俗に言う「変人」である。

 

 


7:ナルシスト系


自分以外の誰も好きでない。

関心は自分だけである。

そうした自分の中にある「何か」を生涯探る事にしか興味はない。

ギャグも言わず、冗談も言わない。

言ったとしてもぜんぜんおかしくない。

普通の人生を歩めばナルシストと呼ばれ、悲惨な人生を歩めば「芸術家」と呼ばれる。

 

 


8:体育会系


とにかく幼少の頃のひ弱な自己を克服し、ひたすら弾きまくる。

毎日練習をかかさず、とにかくスピードと技術だけが命である。

 

 

9:社会系


音楽であらゆる社会問題を抗議しようと言う事で創造されている。

他人を楽しませる、という事は一切拒否しているようでもある。

 

10:尖端(せんたん)系


とにかく最前線でないと気が済まない。

何が最先端かといえば「誰もやっていない事」である。


ただそれだけである。

様々な芸術文化に関心が絶えない。


情報好きである。


とにかくも最先端のものでないと発表する価値がない、と思っている。

 

 


11:素朴系


人は、素朴に土と共に生きなくてはいけない、と考えている。

音楽は、無学の者の心も癒(いや)すようなものでないと創造する意味がない、とする。

大概、山奥に住み畑を耕していたりする。


当然、「無農薬」緑黄(りょくおう)野菜である。

 

 

 

12:芸術系


何でもいいから「芸術」と呼ばれたい種族であるが、山にこもる事もなく、ただひたすら自己のアンテナを人一倍高く上げている者もいる。

偽物と本物の区別がむつかしい。

とにかくも本物は、自分の耳まで切ってしまうほどである。

しかし、ただ酔っぱらったいきおいで耳を切る者もいる。

その違いは、やはり作品である。

 

以上がその主だった系統である。


実際は、様々な要素が少しだけ混合されている。

しかし、基本的には、分類可能である。


その他にも色々存在するが、(「模倣クリソツ系」等、「クリソツ」:「そっくり」の逆さ語、業界語)大体、以上に上げた系統からしか学べるものはない。

それ以上は、批判対象の分類となり学ぶ事があまりがない。


全部まとめて反面教師派として分類する程度なのでここでは控える。


個別のリストには、この分類は記さない事にした。


リスナーが発見する楽しみのためにである。


念のため付記しておくと、ここに上げたすべてのミュージシャンは、好きなミュージシャンばかりである。

 

最初は、ギタリストを優先している。


他の楽器奏者のためのギタリスト認識のためとギタリスト自身のためである。


尚、このリストは、教室にて全くの初心者から都度々「何を聴いたらよいのか?」と質問される度(たび)、考え込んでしまった事による。

「オレに決まっとろうが!」という内なる声を抑えてのリスト作成である。


いずれにせよ、音楽は、様々な目的をもって楽しむものである。


まさに「読書道」に同じである。


荒行(あらぎょう)なくしては共感できない境地も多々ある。


到達すれば、そこは、地上では味わえなかった何とも言えぬ「高み」からの景色である。


下界の人間どもが、「地獄界」の住人にも思える境地である。


音楽と自己だけが「対峙(たいじ)」する世界である。


何人(なんぴと)も、何事も、二人の間には介入できない極楽浄土(じょうど)である、という。

ミュー

2001年12月3日(月)午前5時7分(9月25日の原文に「分類法」を追加)

おすすめミュージシャン 1

 私の音楽.メニュ-

1:アストラッド.ジルベルト(白人、女性、ボサノバ歌手)


もう60才は越えるのではないか?24才の時に初めて聴いてから10年を経て来沖したので初めて生を見た。


ヒットしたアントニオ.カルロス.ジョビンの「イパネマの娘」「Once I loved」等は唄わなかった。自身のオリジナル.ソングはやっぱり「素人の小娘」であった。

天才ジョビンはそこに惹(ひ)かれたんだ、と了解した。


「ボサノバ」と言うジャンルであり、しかもボーカル物であるが、ボサノバを歌うのに技量はいらない、という見本。


音楽を「感性」の面から捉え直した衝撃的な素人歌手の出現であった。

ボサノバは色恋沙汰の唄である事がわかる。

恋愛にプロもアマもない、という事であろうか。


ベスト盤で「ジョビン」のヒット曲が入っているCDを見つけるとよい。

これも再三言っているが、ジャズ.ボーカルの絶対条件は、才能でも何でもない。


「夜遊びが好き」な事である。


少なくともここ沖縄ではそうだ。


健康的な女性で早起きで、修行好きな者はまず向かないのが現状である。


2001.9/25 Tues. 


2:バーデン.パウエル (ブラジル人、ボサノバ、ギタリスト)

「バーデン.パウエルの世界」と言うのが大体の定番。ボサノバの名曲が多く入っている。ボサノバの即興性はリズムにある事がわかる。自由奔放(ほんぽう)な不規則リズムである。


これはまるで、原住民による民族音楽のようである。これが生齧(なまかじ)りの現地直産の「ボサノバ」である。


「時計のリズム」はどこにもない。


この奔放さを日本人が真似ると「リズム音痴」と呼ばれるだろう。

リズムに「なまり」があるのだ。


模倣に明け暮れる日本系のボサノバには即興性が見られない。

クラシカル.ギターのように真面目な人のための職人芸となってしまった。

苦労する甲斐がある、ということだ。(本来は苦労しても甲斐はない)

しかし、いつどこでやっても同じであるから「おもしろい」かどうかは人それぞれである。


その曲のギター.バッキングをまだレコード通りにマスターしていない者には生涯楽しめる、と言ったサークル同好会的世界である。


日本人はすべてから「自由」の要素を抜き取る事が好きなようである。


不規則が嫌いなのである。


晩年に入ったバーデン.パウエルが実際に演奏する所を初めてテレビで見た。


レコードを聴いてから20年以上経た後である。

つくづく、アコースティック.ギタ-は「握力楽器」である事を確認。
老年期に入った者にはちょっと酷(こく)である。バーデンは2001年現在、60歳台か70歳台であるはず。


2001.9/25 Tues.




3:ジム.ホール(アメリカ人、白人、ギタリスト)


今日的なギタリストの「祖」となっているジャズ.ギタリストである。

ジャズ.ギターの世界に近代のクラシカル.ミュージックの「香り」を持ち込んだのである。

やはりジャズ入門は「アランフェス協奏曲」なのだろうか。(ほとんど聴かないが)


個人的には、「Live in Tokyo」であるがギタリスト以外は面白くないであろう。

(今日的ギターの祖と言えば、私は「ビリー.バウアー」だと思うのだがこれはマニアック過ぎる。しかし「バウアー」の「You 'd be so nice to come home to」こそが!)


基本的にジム.ホールとジョー.パスは、水と油であるとされている。

ジョーは内へ内へと過去へ遡(さかのぼ)り、ジムは、外へ外へと近代の現代音楽へとジャズを広げて行ったとされる。

ジャイアント馬場とアントニオ猪木の関係である。

当然、ジムの方がアントニオ猪木であるから、猪木はジム.ホールの流れを組むプロ.レスラーと言える。


しかし、共にアメリカン.ジャズを愛する気持ちは同じである。


2001.9/25 Tues.

おすすめミュージシャン 2

4:ジェフ.ベック(イギリス人、白人、ロック.ギタリスト,1944年生)


ジャズにつなげるための必聴は、インストゥルメンタル(器楽系歌なし)CD「ブロ-.バイ.ブロ-Blow By Blow」「ワイアード」「ワイアード.ライブ」等。


ロック.ギタリストがジャズのインストゥルメンタル.ミュージックの世界に「殴り込んで」来た。


これからのロックには、ボーカルのロッド.スチュアートさえもいらないとソロ宣言をした。

極め付けは、チャールズ.ミンガス(故人:ジャズ.ベ-スの巨人作曲家)のオリジナル[Good Bye Pork Pie Hat] でのプレイである。

ベックが「ジャズ.スタンダード」を料理した後では、ジャズ.ギタリストであれば、その曲は「封印」されることとなる。ベックによるジャズ.テーマの演奏を越える事はできないからである。

近年では、ジョン.マクラフリンの「The promise]と言うアルバムでの「Django(ジャンゴ)」である。

「ジャンゴ」という曲はMJQ(モダン.ジャズ.カルテット)に始り、ジョ-.パス(ジャズ.ギタリスト、故人)のアルバムタイトル曲「ジャンゴ」以来のギタリスト演奏である、、か?。

個人的には「BBA(ベック、ボガード、&アピス)Live in Japan」や「ベック.オラ」が好きである。

興味は、ベックが何時、「セロニアス.モンク」の曲を弾くか、であったが、こうジャズが廃(すた)れてはやっても意味がなくなってしまったようである。

音楽的霊感のない者が何をやっても誰も感動させない、と言う事をベックは教えてくれる。

 

最近(2001年9月、スティングのコンサートの前座に出たベックがイギリス原住民の若者から「スティングを出せ!」と言う罵声(ばせい)を浴び、怒ったベックがステージを降りて帰って行った、と私の現地にいたスパイが報告して来た。


今は、どこの国でも若者はボーカルしか理解できない人種らしい。


抽象的なものを把握(はあく)する脳が欠除しているのだろうか。

 

2001.9/25 Tues.

 

 


5:ロリ-.ギャラガ-(イギリス、アイルランド出身?ロック、ブルース.ギタリスト、1949年生、 故人)


「ライブ.イン.アイルランド(Irish Tour "74)」が衝撃的アルバムである。

バンド「テイスト」を結成。新作が出る度に購入し聴く。ジャズ風なサックスも吹いている。中学生時代の最大のアイドルである。しかし、意外に若かったのか、と今日調べてみてわかった。ショックである。

1995年に肝臓移植による合併症で死亡とある。ジャズに転向して以来、25年ぶりの音沙汰であった。合掌

 

「僕がファッションに凝ると、ロンドンのブティックに入り浸り、音楽への関心は薄れてしまうだろう、だから僕はこれでいいのさ」とチェックのシャツに黒のバスケット.シューズがトレードマークである。


中学生の私の「私服」も当然これである。

 

2001.9/25 Tues.


 

6:ロベン.フォード(アメリカ、白人、ブルース、ロック、ジャズ.ギタリスト)


ロベン.フォードのデビューであるファースト.アルバムでは、ワン.コードによるジャズ風アドリブを延々とA面一杯にロック的なアプローチでプレイしていたのが衝撃であった。


今まで、聴いた事もない大人のサウンドであった。


中学生の頃、ロリー.ギャラガ-と並ぶアイドル。


ロリーのサックスによるジャズ風プレイ、ロベン.フォードによるジャズ風ギターアドリブにより、私のジャズの扉は少しづつ開かれて行く。


近年、久々にライブ版を購入し、アルト.サックスにてジャズ.バラッド「You don't know what love is ]を熱演して吹いているのを聴いて感動した。


才能に溢れたギタリストである。


本人はブルースの世界が好きなようであるが、これが今一歩頂点に君臨しない原因であろうか。


本気を出せば、ラリー.カールトン(フュージョン)もエリック.クラプトン(ロック、ブルース)もスティービー.レイボーン(ブルース)をも凌駕(りょうが)するプレイヤーである。底力は未知数である。


2001.9/25 Tues.


おすすめミュージシャン 3

7:ロイ.ブキャナン Roy Buchanan(白人、カントリー,ロック、ブルースギタリスト、1940~1988年、 故人)


フェンダー社の「テレキャスター」と言うエレキ.ギターと言えばこの人である。


エレキ.ギター一本を駆使して曲を歌い上げる元祖である。

サンタナ、ラリー.カールトン、ジェフ.ベック以前にこの「泣き節」を確立している。


全員、彼に感化されている節がある。


その表現力は、現在のロック系で「ボーカルなし」のバラード演奏をする際、どうしても脳裏をよぎる「元祖」である。


25年前は喫茶店にて「インベ-ダ-.ゲーム」のBGMとして有線放送ではしつこくかかっていた。(私はゲームはしない)


アルバムも全部手に入れて聴きまくった。

この世界を知らないギタリストは「不幸」である。


もう一度復活させリスナー側からギタリストに要求すると少しは若者ギタリストも上手くなる。

現在は、これ以上下手なギタリストはいない、というギタリスト大会である。


昔と正反対の「負」の領域へエネルギ-は向けられている。

鬱憤(うっぷん)の溜(たま)った狂気の少年が、楽器を手にして一日で王者に君臨する事ができる時代である。


親の心がけとしては、子供の育て方をまちがえばよいのであるから楽である。


とにかく日頃からがみがみ「勉強、勉強」と言い続けるのがコツである。


すると子供はすべての「修行事」が嫌になる。

一番、大切は事は、親自身は何もできない、ということである。


徹底して自分を棚上げにする事で子供はすくすくと「修行嫌い」になって行く。試されよ。

 

ロイは、1988年、自殺、とある。44歳の頃である。

 

2001.9/25 Tues.


8:ジョン.スコフィールド(アメリカ、白人、ジャズ.ギタリスト)


1977年に「ライブ77」を聴いたために私はジャズの世界に飛び込んだ。


衝撃のアルバムである。理由は単純である。ジャズでもディストーションを使ってアドリブしてよい、とわかったからである。


日本には、この「ディストーション」(音をロックのように歪ませる小型機械)を嫌うピアニストばかりがいる、と言う事をまだ知らなかった頃である。


実際、これを好きだ、というピアニストはその人口からすると皆無に近い。


私より上の世代のピアニストは、大抵が電気嫌いである。下の世代のピアニストでも存在したとしたらもう合掌するしかない。線香くさいピアニストであろう。骨董(こっとう)人間である。

俗に「変態フレーズ.ギタリスト」と呼ばれているが「変態」という点ではアラン.ホールズワーズ(ギター)の持つ独自の「変態性」の方が急進的である。


10年後、マイルス.ディビスのグループに抜擢されてから「ジャズギター界」の頂点に君臨する。


世界中どこへ行っても現地でバンドボーイに困らないであろう。今や猫も杓子(しゃくし)もジョン.スコフィールドである。最近はいくぶん下降線気味である。おそらく何をしても「ジョンスコ節(ぶし)」であるから新鮮味が無くなっているのであろう。


2001.9/25 Tues.


9:アラン.ホールズワーズ (白人、フュージョン、プログレ.ギタリスト)

 

ジョン.スコフィールド以前の「元祖変態フレーズ.ギタリスト」である。
「テンペスト」と言うロックバンド出身である。

幼少からジャズに親しんでいた、と言う。


しかし彼の狂信的なファンは「ジャズ」には一切興味がない。


明らかに日本人特有の「様式美」を求めている極めて非創造的な人種によって支えられている。


アランは、最終的に独自のアドリブ音楽を創造した唯一のギタリストである。


コードからスケール、すべて自前のハンド.メイド理論である。

もう一歩で「言語」も創造した「歌」を発表していた事であろう。


わけのわからない超絶速弾きから繰り出す変態、涎(よだれ)だらだら、小便垂れ流し風のアドリブは、思わず「あっ、止めないで!」とつぶやきたくなるほどの快感である。

 

どんな曲を弾いても、アドリブは宇宙からの使徒によるメッセージに溢れているが恐ろしいほどのワン.パターンである。


しかしVSOP(ヴェリー.スペシャル、ワン.パターン)である。

曲は、ギターを弾かない人が聴けば死ぬほど「退屈」であろう。


彼には、いわゆる人間界の「心」が存在しないのである。


(スティーブ.カーン「ギター」とともに「心なし派」に所属する)


彼の音楽への興味は、科学者のそれである。


その結果何が生まれようが、興味の方が先である。


しかし彼の興味の幅は実に限定的である。


単純な8ビートのリズムに、独自のギターの響きである。


(しかし、革新的ではない。彼のハーモニーは、ピアノのハーモニーを忠実にギター上で再現しているだけである。それを可能にしているのが彼の異常に長い「指」にある。彼は三度づつ積み重ねられて行く音をできる限りの指の伸長で押さえているのである。それは普通の「ピアノ」的響きでしかない。)

 

これを弾きたい、と願うギタリスト秘密結社のメンバーによって奉(まつ)られている。


彼のマニアは完璧に「オタク」族である。


俗にプログレ系と呼ばれる機械マニアでもある。


「ホールズワーズのためなら死ねる」と日記に書くタイプである。


しかしジャズには一切興味はない。


ホールワーズ自身が「ジャズ」をやらない限りである。この場合の「ジャズ」は4ビートのリズムの事だ。彼にとっての「ジャズ」は「4ビート」の事である。

 

「おお!ホールズワーズじゃないか!」とそのプレイを評してあげれば満面に笑みを浮かべ「今、暇?喫茶店にでも行かない?」と誘われ「ホールズワーズと私」と言う詩でも読んでを聞かされるであろう。


思うのだが、女性でホールズワーズが好き、と言う者がいるのであろうか?


昔、東京は、西荻窪の図書館に入り浸りCDを聴きまくっていた頃、ホールズワ-ズがアコースティック.ギターを弾き、ピアノとデュオで演奏している曲を試聴した事がある。


一日に10枚のCDを無差別ジャンルで聴くと言う「荒行(あらぎょう)」を敢行(かんこう)していた頃である。


ピアニストの名前もCD名も覚えていないが、とにかくすさまじいほどの速弾きと超絶技巧であった。


なるほど「ジャズ」には興味なし、と言っていたコメントに納得できた。
先人で自分が学ぶべきスタイルの人間がいないのである。

 

「ギタリスト」を語る時、ホールズワーズのスタイルを外しては語れないオンリーワンのスタイルである。


何か、弾きまくっているのを一枚聴けばよいだろう。


私は、「ライブインジャパン」のビデオを持っているだけで、CDは持っていない。


最近「ALLAN HOLDSWORTH:NONE TOO SOON(pocp-7028) ]と言う唯一ジャズスタンダード演奏をしているCDを聴いた。1996年とあるから5年遅れである。


彼の音楽人生でのジャズへの「回答」である。


とすれば5年も前からホールズワーズ教の信者もこの調子でジャズ.ギター界に流れ込んで来たはずである。


誠にもって「教祖」は常に気まぐれであり、”自由 ”である。


コードチェンジとスケール、小節感などをまったく気にかけず(演奏とは無縁の「知ったかぶり理論知識」はあったであろうが、、ロック界なりに、、。)彼を信奉して来た者にとっては、今さらこれをやられても「高齢」のあまりジャズへの転身はさぞ肌身に答えるであろう、と同情を禁じ得ない。


70年後半から(晩年?)は、シンセサイザーのようなギター(シンタック?)ばかりを弾いていた事もマニアックなファンしか獲得できなかった原因だろう。


本人はあまりにも食えなくなったためビール工場へ勤務している、と言う噂を聞いた事がある。そういう「食えない境遇」への噂は常にファンの間に絶えない伝説のギタリストである所がまさに「儒教的」求道者(ぐどうしゃ)風である。

 

実際の所はわからない。

 

ともあれ、彼のスタイルを真似する者は、近所のビール工場を下調べしておいた方がよい。

 

ビールが好きかどうかが「救い」の決めてである。


2001.9/25 Tues.

おすすめミュージシャン 4

10:スティーブ.カーン(アメリカ、白人、フュージョン、ジャズ.ギタリスト)


スティーブ.カーンは、数々のセッションをこなしてきたスタジオ.ミュージシャンの過去を持つ。2001年現在50歳台であろうか。


それらの名声を一切捨て、ジャズの世界に飛び込んで来たようである。

彼の一連のジャズ.トリオ三部作は、絶品の 無感動 ”ニュー.ジャズ ”である。

第一作は、「Let's call this ] と言うタイトルだったと思う。ベースにロン.カーター、ドラムスがアル.フォスター等のトリオの三部作のシリーズである。

 

私にはスティーブ.カーンの「無表情、無機質」さのアドリブがたまらなく快感である。


彼にも日本で言う「心」がないのである。


命名(めいめい)すればホールズワーズとともに「心なし派」である。


あるいは「心なし奏法」である。


(私は「心がないスタイル」を批判しているのではない。単に、彼が目指すスタイルへのリスナー側に要求される視点である。彼の音楽を聴いて「心が無い」という批判はまさに視点がズレている。念のため。)

 

心なし系、と言えば、彼等の違いは、スティーブが8分音符にこだわっているのに対し、アラン(ホールワーズ)は、できるだけ小節線を越えたコルトレーン風の演奏を心がけている所にある。


つまりアランがテナーサックス風でありスティーブがより「ギター風」を目指している事である。


8分にこだわりを持つスティーブが早弾き、に興味がないかと言えばそうでない。


彼はかつて70年代に、ラリー.コイエル(ギター)と「TWO FOR ROAD]というアコ-スティック.ギターによるデユオ.ライブ盤を出した事がある。


そこでは、ラリーとの「早弾き合戦」を興じている。


(実は、私もラリーと2、3曲早弾き合戦をした事がある。そのプライベート.ビデオもある。フフフ、、、。私は、「勝った」と思ったがラリーは当然その事を忘れている。ついでに私のアコ-スティック.ギターにサインを書いてもらった。一応、礼儀である。サインには、「ガンバッテクダサイ」とローマ字で書いてあった。1990年の事だ。現在は解読不可能な文字となっている。)


スティーーブとラリーが現代版のジョーパス(ギター)とハーブ.エリス(ギター)のデュオアルバムを制作したかった事がそのタイトルに表れている。


彼はスタジオ.ミュージシャンの世界をこきおろし、「抜け忍」(マンガ、「カムイ伝」参照)となって、自分の名で世に出る道を選んだ。


そして自主制作版による「モンクに捧げる」というようなCDをソロで残した。


以来、彼は「早弾き」を捨てた、のである。


(便乗して、、私も半分捨てたのである。白痴なファンしか寄って来ないからである。)

 

これこそが新旧の感覚を備えた「クール」なアドリブ.スタイルである。


伝統風なフレーズが「どこか変」なのだ。


この味にハマルともう「熱い」ものはダメ、という体質になってしまう。


しかし残念な事に、ジャズ独習者でこの奇妙さを理解できる者は稀(まれ)である。


日本人にとって一番、ライブで理解できないスタイルであるからだ。


ひたすら、クールに流れる均一の独特な人工的「なまり」を持った語りに耳を傾けるだけである。「熱さ」を演じる事も一切なし。


私は、聴き手としてこれほど「至福の時間」を共有できる喜びに恍惚(こうこつ)の人になる。


一人でも多くの日本のジャズ.ファンがスティーブ.カーンのアドリブの世界を解することができたら日本のジャズも進化できる。


(しかし、こればっかりのリスナーもやっかいではある。「心がない」人種であるからである。別に友達にはなりたかない。なっても何の心もないからである。しかしたまには「心ない」者の相手は楽でよい。何をしても「心がない」からである)


この世界を知れば、日本独自の「ヒステリー.ジャズ」が何やら、土下座をして「何とぞ私に清き一票を」とお願いされている感じなのである。


スティーブが、この「冷たい感覚」を「芸」にした功績は大である。


スティーブは、その「冷たい感覚」でホットな演奏を模索しているのである。


ゆえに、本来の「クール派」とは一線を画するのである。


指向的に、「スティーブ.カーンする」と言う感覚のジャンルは既に私の中にできている。アドリブ中、一番もり下がる部分である。


だからライブは嫌いである。


私のライブ嫌いをなくすためにも、スティーブ.カーンの愛好者が、地方や年輩の間に浸透(しんとう)してもらいたい、と思うのである。


爆発しない「芸術」もある、のである。


私自身は、たまに「爆発」する側である。


たぶん「音使い」がどうでもよくなってしまったからである。


科学だけでは生きてはいけないからである。


しかし、「心なし派」とは言え、アラン.ホールワーズほどではないにしても女性リスナーにとって面白いかどうかは責任がもてない。アランに関しては責任をもって「面白くない」であろう、と断言できる。

しかしスティーブの場合は、まずそのルックスでポイントをかなりゲットしている事は確かである。


羨ましい点である。


父は作詞家、サミュエル.カーン

 

2001.9/25 Tues.



11:ジョン.アバークロンビー(アメリカ、白人、ジャズ.ギタリスト)

 

アバークロンビーの必聴盤は、「GATEWAY] と「Direct Flight] である。

 

二つは全くスタイルが違うものになっている。「GATEWAY] の方はロック色が強い、ジミ.ヘンドリックスを超えるものである。


(ジミ.ヘンドリックスを越えるアルバムはいくらでもある。重要な点は、20代前半であれだけのプレイを残した、ということだけである。)


「Direct Flight] は、10年後にパット.メセニ-が出現した際、彼の偽物なのか?と思ったほどである。


私は、パット.メセニーの弾くジャズはすぐに飽きてしまうのだが、なぜかアバークロンビーの方は飽きない。


(パットが「ジャズ」を弾いたアルバムはさほどない。少なくともパット.メセニー.グループが好き、と言う者は一枚も持っていないはずである)


アドリブの芸術性の高さは、キース.ジャレット(ジャズ.ピアニスト)クラスである。


マイク.スターン(16分音符.ギタリスト)が、あるピアニストの下(もと)で通信講座を受け、キース.ジャレット(ジャズ.ピアニスト)のコピー譜を送られ、ギターで再現せよ、という課題なんかがあったりする、と、インタビューで答えていたのを昔読んだ事がある。(私は、もう何十年もジャズ雑誌を読まなくなってしまったが、、)


しかし、マイクには、今だにその成果が現れていないようである。

最も遠い音楽性をマイク.スターンは提示しているがためにキース.ジャレットのコピーの課題が与えられたのであろう。


不可思議なのは、マイクは練習したフレーズしか出てこないタイプであるはずなのに。


アバークロンビーは、何も考えず、感性の趣(おもむ)くままに絵を描き始めるタイプである。


即興は、「神からのメッセージ」を受信し伝えている、といった感じである。


こういう人智の及ばないプレイができるのはアバークロンビーとキース.ジャレット(ピアノ)しかいない。


アバークロンビーは哲学的見地から、キース.ジャレットは天性の「変人」的見地から両者が偶然、同じ方向を目指したのであろう。

私と同じ「霊感奏法(れいかん.そうほう)」の典型である。


日本では
菊地雅章(マサブミ)氏と、少し受信が微弱だが坂本龍一氏などが「霊感奏法」である。


演奏中は別人28号となって「儀式」としての「音楽」にその身を捧げるのである。


異常なほどの「孤独感」の中からしか生まれない奏法である。


回りにその哲学的思考を理解する者がいないから「孤独」なのであろう。

 

2001.9/25 Tues.



12:パット.メセニー(アメリカ、白人、フュージョン、ジャズ.ギタリスト)


ジャズギター界一の人気者である。心地よいギターアドリブをブラジリアン.ミュージックのサウンドに乗せたパット.メセニー.グループで不動の人気を得た、ジャズ界唯一のスターである。


「ジャズ.ギターってどんなもの?」と問われたらまずこのパット.メセニ-グループを薦(すす)めるということが無難であり、また「退屈だった」と言う辛辣(しんらつ)な評を受けないためにも定番である。


実際、パットが好きだ、という者は、この「パット.メセニ-.グループ」でのサンバのリズムに乗せた演奏の事である。


そうしたスタイルから、パットは、様々なジャンルのミュージシャンから支持されている。

 

しかし、それはジャズを離れたフュージョン.ミュージックというジャンルでのブラジル音楽を基調とした「パット.メセニ-.グル-プ」の事であり、パット自身がジャズそのものを演奏したCDを聴ける者へと興味の幅を広げる者は稀(まれ)なようである。


この現実は、スティーブ.カーンが自身のフュージョン系バンド結成に触れて「ジャズを演奏するとせっかくついたファンが逃げるからバンド名を分けているんだ」という証言にも表れている。

 

パットには一枚だけジャズのみをトリオで演奏した「クェスチョン&アンサー」というアルバムがある。


このパットのジャズ演奏を「そっくり(クリソツ:ジャズ語)」に弾ける「異能の人」も日本人にはいる。

 

しかし、一般の彼に憧れるギタリストは、パットがジャズ.ギタリストである、と言う事を知らないようである。


コード進行もわからぬまま、彼の心地の良いワン.コード.スタイルのフュージョンスタイルのアドリブを模倣して得意のようである。


コピー演奏能力は、基本的に「頭脳」を必要としない「サバン症候群」(ダスティン.ホフマン,トム.クルーズ主演の映画「レインマン」参照)のなせる技なので彼とそっくりに弾けた、というだけでいつ死んでも本望(ほんもう)なのだろう。


また不幸にして自身のオリジナル.スタイルを持ってしまった音楽家が寸分(すんぶん)違(たが)わず相手の演奏を模倣すると言う事は困難な作業でもある。


己の頭脳で物事を考える事をやめ、ひたすらアイドル崇拝をやめないように、常に新しいアイドル(偶像)の出現に目を注(そそ)ぎ日夜、模倣とその解説に明け暮れていなくてはいけない。


それもまた修行であろうか、、、。

 

しかし、その結果、修得した模倣品を自宅あるいは宴会余興パーティーで弾いている分にはかまわないが、わざわざ近場の者まで呼び集め自身を「プロ.ミュージシャン」と名乗り、ライブ演奏までしては、それは「一杯のかけそばジャズ」とも言える詐欺行為であり、著作権違反である。


盗作作品を自分の作品だ、と言う事に等しい。


しかしまだ、アルバム「Question and Answer 」は、アバークロンビーの「Direct Flight ] の域には達していない。


その音楽性と普遍性の見地からの判断である。


「Direct Flight ] は20年ほど経た現在も飽きないのである。

 

パット.メセニーにふれる度、いつもアバークロンビーの話しになってしまう。


「パット.メセニー.グループ」好きは基本的にジャズを理解しない人種である。


何事も一番人気に殺到する人種のことである。何をやっても「ジャズ」にはつながらないのであるからパットをジャズの入り口とするのは、実際はなかなかむつかしいのであるが、、。


しかしパット.メセニーがジャズギター界の大スターである事には何の異論もない。


そうでない、としたら、これは極めて不当な扱い、という事になる。


念のため言っておくとパット.メセニー.グループも好きである。


ジャズに命をかけた者が「金持ち」になるのを見るのは、わが事のようにうれしい。


よかった、よかった、である。


2001.9/25 Tues.

おすすめミュージシャン 5

13:ラルフ.タウナー (白人、アコースティック.ギター)


「オレゴン」と言うバンドで世に出た、という。何度かアルバムを耳にしたことがある。よく知らない。


しかし、彼とゲーリー.バートン(ビブラフォーンVib)とのデュオは絶品である。


ジャズにクラシカルな「匂い」を持ち込んだアドリブ.スタイルである。


しかし、全くのクラシカル.ギター出身ではこうならない。


その感性は、一体、どこから来るのか、今もって謎である。


推理すれば、北欧(ほくおう)に住む木こりの家の三男として生まれ、長い冬をアコースティック.ギターを弾いて過ごしたとしたら、こういうスタイルになるような気がする。


実際の環境は知らない。


ジャズを聴いてはこういうスタイルは生まれない。
大変、品性の高い育ちである、ということは確かである。

リッチー.バイラーク(ジャズ.ピアノ)と同じ「匂い」を持つギタリストであるが彼のように10年で100?キロは太ったりしないだろう。


「クラシックの要素」と言っているが私がこうしたギタリストに求めるのは唯唯(ただただ)「即興性」のみであり、私は本来のクラシカル.ミュージシャンに求められる「譜面の再現」とは区別している。

クラシカル.ミュージシャンとはその譜面再現のためへの解釈能力、そのための音色、音楽性、と言った様々な要素を競い合う世界に身を置く者たちである。

彼等ほど音色に対する神経が最重要課題でない事は、既にピックを持った演奏に表れている。ピック演奏ではそこまで音色を繊細に表現できない。

(ラルフ自身はピック演奏ではなく指によるアコ-スティック.ギターの演奏スタイルのようである)

しかし、彼等に求められているのはクラシカル.ミュージシャンとは区別された「即興性」である。

したがい、もしもピック演奏をする者で、あるいは指でもよいが、何ら音色にこだわる事なく編曲された譜面を再現するだけのバンド、あるいはミュージシャンを一切私は認めていない。

そこで評価の対象があるとしたらその「編曲者」である。けっして演奏者たちではない。

なぜなら、彼等に成り変わりその譜面を再現してくれる演奏家はいくらでもいるからである。


おそらくクラシカル.ギターを愛好する、早くて中学生あたりから音色無関心派の彼らに変わる者は存在するはずである。


ただ譜面を忠実に再現していればよいからである。

それほど「これは即興性が高いか、低いか」という問題は、アドリブ系音楽での評価の比重は大きいのである。


その例外があるとすれば、そう簡単に弾く事ができない、という高い演奏能力を要求される譜面の再現であろう。


(その逆に彼等は、再三言っているが、そう「簡単に弾く」事ができる曲に対しての音楽性は低い)

したがいクロード.チアリ(ポピュラー./映画音楽.ギタリスト)の希少価値は、その曲を彼自身が「作編曲した」と言う一点だけである。


それ以外には見当たらない。また、それで充分である。


とすれば彼は、ギタリストと言うよりも作曲家がついでに演奏も行なっている、という分類に属するのである。


彼以上に彼の譜面を再現するギタリストはクラシカル.ミュージックを目指す者にとっては容易であるからである。


クロード.チアリ自身のギター.アレンジによるポピュラー.ミュージックは全国津々浦々のホテル、レストランなどにて演奏されている。その曲集出版による印税はけっこうなものだろう、と予々(かねがね)羨(うらや)んでいる。


また、この手のジャンルの編曲ではシンプルかつ要領を得た物であるため私自身も重宝したものであるが、後年は、メロディとコードのみのシート.ミュージックのみで用を足し、次第に「無用」な曲集となった。

こうした、クラシック系のギタリストとは評価基準を全く異にする、「即興演奏」を追求するラルフ.タウナー自身の実物による演奏映像は今だ見た事がない。

2001.9/25 .Tues.


14:ウルフガング.ムースピール [Wolfgang Muthpiel] (白人、ジャズ.ギタリスト、バイオリニスト)



ジャズ改革派の若手(?)ナンバーワンである。

2001年現在、40歳手前くらいではないか。


パット.メセニーとジョン.スコフィールドが絶賛し推薦した、と言う広告文句ですぐにジャズ.スノッブの間でも広まった若手である。


オーストラリアかオーストリア出身かわからなくなった。


何度もニューヨークへ行っては田舎に帰っていたようである。どことなく親近感を感じる話しである。


実際、無名の頃、ポール.モチアンか何かのサイドメンとして来日したはずであるがさほどの客入りではなかった、と聞く。

このギタリストの面白さ(凄さではない)は、ハーモニー感覚である。


奇妙なハーモニー感からくる異質な心地よいアドリブ.フレーズは、バイオリンを媒体にクラシカル.ミュージックのエッセンスとジョン.スコフィールドをいきなり合体させて発展させてしまった感じである。


旧来のジャズ.ギタリストばかりを聴いていては、とてもたどり着けないスタイルである。


かえってじゃまになりとてもこういったスタイルは生まれない。


、、という話しをするが、彼には彼なりの「伝統」がある。


その彼なりの「伝統」がジャズの世界ではさほど重視されていなかった、というだけである。


伝統を知らない革新派、というわけではない。


これはジョン.コルトレーン(テナー.サックス)も同じである。


また作曲の才能にも恵まれ奇妙な作品を創作している。若手の中ではピカ一の感覚である。


多くのコピーマニアを生む事であろう。しかし彼の持つアドリブ理論は、基本的にジャズ.スノッブの手に終えるものではない。


恐らく、音楽に対する方法論は、アラン.ホールズワールズにもっとも近い考えであろうが、ムースピールの方がかなり伝統理論寄りである。


クラシカルな香りをジャズへ導入する、という点ではラルフ.タウナ-がいるが両者はまったく別な世界を形成している。


総合的な音楽構築能力と言う点ではビル.フリゼールがいるが、ウルフガング.ムースピールの方がシングル.ノート.アドリブと言う点ではジョン.スコフィールドに対峙(たいじ)する方法論を持っている点でビルより数段上である。

 

しかし、そのため、音楽全体の構築力という点では、ビルを超える事は困難であろう。


これは大作曲家の条件として演奏家に対しての羨望とコンプレックスがなくてはならない、という事実に依(よ)る。


ウルフガングはそのすべてを万遍(まんべん)なく満たしてしまっているからである。


そう簡単に「エリート」が天下を取るほど音楽の世界は甘くない。

 

彼は「エリート」の苦労人である。


2001.9/25 .Tues.



15:ジョン.マクラフリン(イギリス、白人、総合格闘ギタリスト)

 

超絶「正統早弾き」のギタリスト中、何時の時代においてもナンバーワン的存在である。


人間の取得する技巧というものは、大して進化していない。


何百年前も今も同じである。


進化したのは、それを計測する機械の類(たぐい)と、ひとつの価値観に絞って編み出される「技」の工夫くらいしかない。


運動能力においてさほど、現代の超人と変わらないどころか、それを上回っている節がある。


ただ単に、垂直にジャンプする、走る、といった点での身体能力は同じではないか。


あるのは改良された「技」の工夫である。


これは、誰も知らないプロレス技で勝つ事に同じである。


したがいマクラフリンの「正統早弾き」のスピードに関しても人類がそう簡単に何百年後も破れるものではない。


正統とは、一音一音をしっかりとピックで弾く奏法(オルタネイト奏法)の事である。


その対極にフランク.ギャンバレ(ヘビメタ.ジャズ.ギター)などのスウィープ(sweep).ピッキングがある。


(「お掃除(そうじ)奏法」と私は呼んでいる。弦をピックでなでるように弾いて一度に何音も「束(たば)ね弾(び)き」する。)


あれが大体、伝統的な奏法による速度の限界であろう。


フランク.ギャンバレのスウィープ.ピッキングと呼ばれる特殊な奏法での「早弾き」は、基本的な身体能力とは別にあり、人類の「技の改良」による進化であるから両者を比較しても意味がない。

 

これは正面飛びで相変わらず高跳びして見せる者と背面跳びでバーを越えて見せる者との違いによる。

 

ジョンが正面跳びでフランクが背面跳びである。


この高さがほぼ同じである、という事がジョンの身体能力の高さを物語っている。


また、彼の速弾きは仕損じる事がない正確無比なものであり、「アル.ディ.メオラ」(ギタリスト)と違い音楽的霊感に溢れたものであるからマンネリに落ち入る事がない。

 

常に、聴き手に緊張感を要求するスタイルである。


マイルス.デイビスが最も愛したギタリストである。


「言いたい事がたくさんあるのに中々上手く言えない男のように弾くんだ」というマイルスのアドバイス通りなぜか、どこかしら「訥々(とつとう)」とした早口である。

 

途切れるように語る饒舌(じょうぜつ)の妙(みょう)である。

 

それに引き換え「アル.ディ.メオラ」はその音楽に表れる通りのファンの民度である。

 

おそらく人間性が音楽にもファン層にも表れているのだろう。人生楽しきゃ文盲(もんもう)でもいいんじゃないの、といった感じである。


是非は問わない。


「スーパーギタートリオ.ライブ」「プロミス」、インド音楽に関わった「シャクティ」と言ったCDから聴き出すとわかりやすい。


いずれにせよ、マクラフリンの全貌を知る事ですべてのギタリストの音楽性は急速に拡がって行く事だろう。


これほど音楽的スタイルの変遷(へんせん)を見たギタリストはいない。


しかし、彼自身の語り口となるアドリブは、相変わらずである。


他の楽器の奏者がギタリストと比較して音楽性の幅が狭すぎるのは、他の楽器にジョン.マクラフリン的なミュージシャンがほとんどいないからである。


マイルス.デイビス(トランペット)を除(のぞ)いてである。


しかし、マクラフリンを信奉する者はジョン.アバークロンビーの良さも理解してもらいたいものではある。


あるいはB.Bキングでもかまわない。


猫も杓子(しゃくし)も早弾き合戦にならないためである。

 

ジョンは音楽的霊格が高いから聴けるのである。


それがなければ早弾きは、単なる曲芸の一つである。


私もけっこうに早く弾ける種族であるが、この頃、それをよく忘れてしまい、演奏後に「しまった!早弾きするのを忘れてた!」と気づく事が多い。


昔はマクラフリンのライバルはラリー.コイエル(コリエル)だと言われ、二人のバトルはアルバム「ファイセズ」で70年代に実現した。


その後は、スペインのフラメンコ.ギタリストのパコ.デ.ルシアとなり、アル.デ.メオラをこれに加え、「スーパー.ギタリスト.トリオ.ライブ」という「それゆけ、早弾き合戦」のようなアルバムを80年代に出した。

最近、NHKの深夜の「映像散歩」では、マクラフリンがビル.エバンスに捧げたアルバム プレイズ・ビル・エヴァンス の「ヴェリー.ア-リ-」や「ワルツ.フォア.デビ-」がよくかかっている。


長い音楽人生で彼はこの一枚においてようやく一般女性ファンに認識された事であろう。


これ以上は彼の事は語るまい。


たんなる嫉妬である。

 

2001.9/25

おすすめミュージシャン 6

16:ビル.フリゼール(アメリカ、白人、無差別級ギタリスト)


「天才」と呼ばれているギタリストである。

 

何が「天才」なのだろう。


彼を聴いた一般のリスナーが「おもしろいけどどこが凄いのかわからない」と指摘した。


言われて見ると、はて?彼の何を絶賛すればよいのだろう、と思案に暮れた。


なるほど、そう言えば、彼は普通に「音楽」を創造しているのである。

 

これでは、「ジャズのしがらみ」や「ギター」を知らないリスナーにとっては普通に「楽しい音楽」としか写らない。


これは大変な盲点であった。


チャールス.ミンガス(作編曲家、ジャズ.ベースの巨人、故人)の偉大さを一般のリスナーに説明するくらいにむつかしい。


いかに、ジャズ屋がジャズという狭い世界の中でしか物事を判断していなかったかがわかる。


彼の音楽は、しっかりとした構成のもとにまず骨組みとなるハーモニーが指定されたベース音の上に構築され、その細部はバンド全体による「即興演奏」に支えられている。


したがい、彼の世界を創り上げるにはメンバー自身も才能溢れたインプロバイザー(即興家)でなくてはいけない。メンバー選びの絶対条件である。


「アドリブ」と言う語感は、既存の曲の定められた和声の枠組み中での自由な演奏を試みるという、いわば、釈迦(しゃか)の手の平の上で「自由」を謳歌(おうか)している孫悟空(そんごくう)のようなものである。


公務員系の律儀さが要求される。公務員が律儀かどうかは議論を要する所であるが、、、。

インプロビゼイションはそれ自体が釈迦の創造する世界であるから演奏者自身が「神」である。

ビル.フリゼールはそうした釈迦的な発想で世界を構築しているのである。


メンバーはそれを助ける「菩薩(ぼさつ)職人」でなくてはいけない。


音階もろくに弾けず、音程もまともに取れない素人ミュージシャンの「即興ごっこ」からは何も生まれないことをビル自身はよく知っている。


したがい、ビルの選び出すメンバーは常に、譜面を読めることが条件であり、あらゆる音楽に一流レベルで精通しているプロフェッショナルな者でなくてはならない、としている。


しかもその上に「即興に強い事」という条件が課せられる。


何をさせても満足なレベルに達していない素人ミュージシャンの「ゲテモノ世界料理」に腹を下さないようにしないと、この手の料理に偏見を持ってしまうので注意を要する。


世界料理を出す前にまず一国の料理のプロでなくてはいけない。

総合格闘技に進む前にまず一つのジャンルの格闘家として「免許皆伝」となっていなくてはならない。


どれも中途半端な者は、最上のレベルという境地を「脳」が記憶していないから、こうした世界料理を作って見ても中途半端なレベルでしかない。


ビルの料理した世界は、料理の知識のない人間にとっては普通の「おいしい料理」である。


これが、どのような修行の末に生まれたか、と言う事はわからない。


これは世界料理人として最高の境地である。彼は黙ってにやりと微笑んでおけばよい。


彼以外にこんな料理を作れる者はいないからである。


ビルは、ジャズの伝統的語法としてのビーバップというスタイルをあっさり捨て去り音楽全般をジャズに持ち込んでしまったのである。


実際、あまり上手くない。


ジョン.ゾーン(アルト.サックス、前衛作曲家、アメリカ)のコラージュ作品で、ナチョラル.トーンでのビパップ風の演奏が数秒出てくる。

 

シングルノートのアドリブに執着心が全くなく音楽全体のサウンドをも同時に即興演奏することへ最初から関心を向けているのである。


剣術を磨くよりも兵法(へいほう)に長(た)ける事が肝心、という境地に達してしまっているのであろう。


彼に比べるとどんなギタリストも「ケツの穴の小さい奴」に見える。

 

あの「フット.ボリューム」(足でゼロからボリュームをコントロールする機械)を巧みに駆使し、ハーモニーを作り出す作戦は特許ものである。

 

廃品利用、と言ってもよい。


昔はよくシングル.ノートのアドリブ中に使われたものだ。

 

楽器と言うものは、最初のアタック音を消すと、一体それはどんな楽器による音なのかは不明になる。


例えば、ドラムのシンバルを叩いた瞬間の音を消去し持続音のみを再生させたとする、同様な手順でピアノによる音を対比させたとしても、両者の区別を誰も言い当てる事はできない。


要するに楽器の音を1音録音し、最初の出だしの音を消去して途中から聴くのである。


アタック音と言うのはそれほど楽器にとって重要である。一種の楽器のアイデンティティの証明と言える。


ビルは、そうした楽器の特性をフット.ボリュームを利用し「無国籍」にしたのである。


ギターのアタックを消去し持続音のみでコードを演奏して見せたのである。


すると、そこで演奏された楽器はピアノともオルガンとも言えず不思議な効果を生み出すのである。


果(はた)して、ビルが「楽器実験物語り」のような本を入手したかは不明であるが、こうしたビルのフット.ボリュームの新たな廃品利用法は、コロンブスの卵的発想である。

 

誰も気づかなかった使用法である。だから特許と言えるのである。


もし、これを模倣する者が現れたとしたら彼は、「ビル.フリゼール合資会社支所長」の名札を常時演奏中、胸に留めておかなくてはスパイ法違反である。

あまりに画期的な「発明」は、真似する者の「深層心理」を探っていかなくてはならない。


彼は他人の発明品をなぜ自分の発明だと言い張るのだろうか、と。


しかしアマチュア.ミュージシャンは、何に娯楽を見い出そうがその批判の対象ではない。


ただ、その価値基準でプロのミュージシャンを評価しない事である

こうした模倣性を重視した視点は、けっして誇らし気に他人へ語る批評とはならない。


自己の未成熟な自我からの「憧(あこが)れ度」を露呈(ろてい)するものであるから黙ってスーパー.マンでも見て感動していればよい。

念のため、例によって、何の権限も持たない者の自由な発言も、その批判の対象ではない。


しかし、その批判の輪が10人を越え一地方に大量発生した場合は、撲滅(ぼくめつ)の対象となってよい。


なぜなら、彼らは、自己が何者であるか、どれほどの境地に達した音楽家であるか、という証明が一切問われないまま、徒党を組んで「正論」としたに過ぎないからである。


これにより、彼らの幼児的願望に端を発するあらゆる物事への理解能力外の「文化」が一地方において排除されていくからである。


そのかすかな生命誕生の瞬間に絶滅させられるのである。


数を持っての批判は、例え一人一人は微弱なものであっても集団となると絶大な「暴力」となる。

一人、一人にはその自覚がない、という事が怒りのやり場のない暴力である。


わかりやすく言えば、都会の主婦が嫌がった虫食いキャベツのために「農薬たっぷりきれいきれいキャベツ」が出回った事に同じである。


誰もその自覚はないまま現状は永遠に続く。

 

ビルの教則ビデオと言うのを見た。


何となく、「やあ、ポパ~イ、金曜日には必ず返すからハンバーガー食べていい」と会う度にハンバーガーをおねだりするウィンピーを思わせる喋り方と体型である。


ははあ、こんな奴ならいつも「お部屋」で独りおとなしくギターをいじっているなあ、と納得したのである。


ビルはまた、前述の、ジョン.ゾーンの作品にはかかせないサイドマンでもある。


シングルノートのアドリブを捨てる、と言う境地は普通、お寺にでも籠って3年ばかり修行しないと悟れない境地である。大したものである。えらいなあ、とつくづく感心する。


しかし、彼の事をよく「ビル.フリーゼル」と言う者がいるが「フリゼール」である。


今の内に訂正しておかないと40才過ぎて「エリック.クラプトン」と呼んでしまう中年になってしまう。「クラプトン」である。


あっこいつ、洋楽派ではないな、と思うのだが、得意気に言っているので私でも注意できないでいる。


ビルのようになるには、とりあえずハンバーガーを大量に食べなくてはいけないのだろうか。


実際、ビルがハンバーガー好きかは定かではない。


2001.9/25 .Tues.



17:BBキング (黒人、アメリカ、ブルース.ギタリスト)

これは、聴いておかないといけないであろう。BBの歌とギターを知らないと言ってはアメリカ外交も上手く行かない。


好きなものは、「ライブ.アット.リーガル」等である。中学2年の頃輸入盤を買い漁ったものである。

 

貧乏くさいブルースは嫌いだ、とBBが北島三郎に成り替わり教えてくれた。


その他に、アルバート.コリンズ、バディ.ガイと言った黒人ブルース.ギタリストが私のお気に入りであった。


それにしてもBBキングは私の父よりも年下である事が不可解である。


私の中学の頃の学生手帳の家族構成には、父、BBキング、母、ジュリアンド.リュース、叔父さん、エリック.クラプトン、近所の修理工の兄ちゃん、ジェフ.ベックと記していた。

 

2001.9/25 .Tues.


18:アンドレ.セゴビア (スペイン人、クラシカル.ギター、明治生まれ、故人)

 

1893年生、1987年没(94歳)


「セゴビア.トーン」と呼ばれるあの独特に温かい音色によるバッハは絶品である。

「アルハンブラ宮殿」の作曲者のターレガ直伝の弟子である。


クラシカル.ギター界のピカソである。


結婚歴の事である。


確か、49才頃からレコード録音の時代が始り、その膨大なレコード記録は49才以降のものばかりである。

 

90才あたりまで生きたはずである。私がクラシカル.ギターの修行中はまだ生きてて、よく雑誌に載っていた。来日も最後に決めたはずである。若い奥さんが自慢であったが少年の私にはわからなかった。


超絶技巧を自慢するギタリストは多い。これがプロだ、と言わんばかりである。

しかし、彼等の「禁じられた遊び」は、なぜか死ぬほど「つまらない」のである。


彼等自身も「簡単すぎて退屈です」とテレパシーを送っているはずである。


こうした、音楽性の欠片(かけら)もない「天才ギタリスト」に騙されないためにも、セゴビアは必聴である。


セゴビアは一音一音に魂を入れたのである。「一音の充実(おもみ)」である。


本来は、その線上に「超絶技巧」があるはずである。


こうした「天才」たちは、まとめて10音くらいないと入魂できないらしいのである。


これでは「下手な専門イロハを知らず」、「カンナ知らずの建築論」の類である。


難儀な境地である。


生涯をかけて一音に辿りつく修行を積んではどうか。


もし、高度な技術を誇る演奏者がさほど技術を要しない曲を得意気に演奏している場面に出くわし、はて、何ら心揺さぶられてもいず、と言う自己を発見したとして、このことで自己の感受性のなさを反省する事はない。


よくある事である。


これは、まちがいなくその奏者が何ら音楽性を持たず技術だけを誇っていた、という事実を露呈したにすぎない。


セゴビアは、この事を見事に伝え遺(のこ)してくれているのである。

48,9歳以前の「全盛期」とされるセゴビアの演奏は伝聞(でんぶん)に依(よ)るしかない、という。


度重なる「内戦」でその記録が遅れたのであろうか。


尚、羊などの腸から作った「ガット弦」は、大戦により入手困難となり、今日の「ナイロン弦」の普及にもセゴビアはいち早く試奏しこれに貢献した。

したがい、「ガット.ギタ-」と言う呼び名は、「ナイロン.ギター」と改めなくてはならないのだが、50年以上経た現在も今だ現役語である。


通常は、鉄弦の「アコ-スティック.ギター」と区別され「クラシック.ギター」という名称で親しまれている。本来の正しい用法は形容詞としての「クラシカル.ギター」である。クラシカル(伝統的).ミュージックとクラシック.(古典)ミュージックも本来区別される。

私はセゴビアを聴きならが死んでもかまわない。

でなければBBキングでもよい。

アル.ディ.メオラなら生き返ってレコードを取り替えてからまた棺桶(かんおけ)に戻る事であろう。

 

 

おすすめミュージシャン 7

19:グラント.グリーン(黒人、ジャズ.ギタリスト、故人)


グラント.グリーンがジャズを弾いているものはたくさん聴いた。

中でも、ジャズではない、晩年の”イージーリスニングシリーズ”が好きである。機関車のジャケットのものだ。

 

ブルーノートと言うもののエッセンスが溢れた演奏である


ギターを老人の杖(つえ)替わりに一ケ所をしっかり握りしめたまま限られた音使いで演奏するスタイルである。


日本の詩吟(しぎん)のようなものである。


握った手をめったに移動させる事がない。


何でも近場で間に合わせている。非常に楽でよろしい。


グラントグリーン.イージー」と言うタイトルのレコードがなつかしい。

 

2001.9/25 .Tues.



20:エリック.ゲイル(黒人、ブルース.ギタリスト、故人)

 

コーネル.デュプリーと共にスタジオ.ミュージシャンと言う裏方のバンドマンだけで結成された「スタッフ」のギタリストでその名を知れ渡った。


BBキングのスタイルに近いものがあったため来日の際、しつこくその影響を問われ、「BBキングは一切知らない」と言ってのけたひねくれ者であった。


スタジオ.ミュージシャンなのでたっぷりそのアドリブ演奏を披露したレコードは「スタッフ」のレコード以外皆無であった。

 

「ジャズも弾く」と言うのでその全貌は謎であった。


私は、来日して、日本のオルガン奏者の酒井潮(うしお)氏とデュオでジャズのスタンダードばかりをたっぷり弾いているアルバムを手に入れて毎晩、寝ながら聴いていた。


睡眠学習である。


ブルーノートとメジャースケールだけであった。


なまじつまらないスケールを覚え、一生、誰も聴いてくれない演奏をするよりはずっとよい。


また、この二つのスケールのみで音楽を作る事は世界一の競争率である。


彼の晩年は、早起きして早朝、ジャズのスケールを練習することだ、とインタビューで答えていた。


今もって、それが何のスケールであったのか不明である。あいかわらずブルーノートとメジャースケールだけである。


ソロ.アルバムでディミニッシュ.スケールを一瞬聴いた。しかしあれはスケールと言うよりもコードトーンそのものであった。


最後のアルバムも購入し聴いた。20年ぶりの締め、である。


BGM風のバック演奏一本槍(やり)の後、アドリブらしきものが時折ラスト近くで出てくる演奏は、長年の了解事項である。


意外にそうした「待ち時間」に音楽性は培われるものである。奥さんは日本人であったのではないか、ちがうか?まあ、どちらでもよい。


合掌。

 

2001.9/25 .Tues.


21:デレク.ベイリー(イギリス、白人、前衛ノイズ.ギタリスト、生存不明)

 

人生において、こんなギタリストもいるのか、とショックであった。18才の頃の出会いである。拒否反応の固まりとなった。


ひたすら電気ギターをデタラメにチューニングし弦をかき鳴らしたり、ひっかいたり、打ちつけたり、といった「奏法」で、「音響」を作り出す。


その醸し出す「周波数」に耳をゆだねる、のである。


次第にそこから「快感」が導き出されて行く。


彼の「音」を聴いた後は、音階を楽器で弾く自分がまたしても「ケツの穴の小さい奴」とあざ笑われているような気分になる。


「地道に生きるって何?」と思わず寝言を言ってしまう。


デレクを本当に理解したのは、初めて聴いてから5年ほど経てからである。


ある夏の蒸し暑い深夜、ふとテープをかけて見た。


これほど脳が安らぎを感じる世界があるだろうか、と聴き入ってしまったのである。


この「音響」と「周波数」だけの世界に快感を感じてから、何かとBGMとしてかけた。


特に、ジョギングをする際にウオークマンで聴くと脳にすんなりと入って行った。

 

それから3年後である。ひょっとしたら自分にもやれるかもしれないと試みたのは。


それが私のCD第4集の「ノイズ.インプロヴィゼイション」である。


実に8年をかけた「餌付け」「仕込み」であるから、一般の人間が聴けないのも無理はない。


80年代、「DNA」 というパンク.バンドにてギターが全く弾けず、チューニングすらできないアート.リンゼイ(リンジー)というギタリストがこの手法を取り入れた。

あらゆる曲に何かの異物(大きなビン等)でギター擦(こす)り「ノイズ音」にてバッキングするスタイルを確立した。


アートは、後に「アンビシャス.ラバーズ」と言うバンドを組みボーカルに転じ名声を得た。


ボサノバ系の「けだる唱法」であるからアストラッド.ジルベルトの男性版である。


したがい、アート.リンゼイの影響は、ギターはデレク.ベイリー、歌はアストラッド.ジルベルトから来ている。


不思議に、当時の[DNA]に熱狂していた日本のパンク派はジルベルトもデレク.ベイリーも知らなかった。


初めてアート.リンゼイ(80年初期のパンクバンド「DNA」のチューニングしないギタリスト)を聴いて即座にデレク.ベイリーを思い起こす音楽的教養は必要である。

 

アートが若者が言うほどの無頼派の「天才」には思えないからである。


坂本龍一は後に、アートに接近し数々のコラボレーションを行なった。


その影響で歌まで披露した。


この間も筑紫哲也のニュース番組で世界同時中継の地雷撲滅コンサートにもアート.リンゼイはボーカルとして加わっていたから長いつき合いである。


最近、NHKの番組でCGコンテストに出品された映像作品の一つにデレク.ベイリーの「ギターかき鳴らしノイズ演奏」のレコードが使用されているのを聴いた。

 

21世紀にはいくぶん利用法があるようである。


今、一体いくつであろうか?


70歳を超えているはずである。


日本へは「間(はざま)章(あきら)」という人物がベイリーを招聘(しょうへい)し、熱心に紹介し、レコードのライナー.ノーツを書いていた、と記憶している。


近藤等則(としのり:トランペット)氏等と即興演奏の共演をしたアルバムもあった。

 

私は、今だかつてデレク.ベイリーほどの「変態ギター」を知らない。


おそらく今後100年も現れないであろう。


当時、あんな事を一人で始め、演奏活動をして行く事事態がとてつもない精神力である。


なぜなら、彼は、そういう風にしか弾かないのである。


十台の私は、デレクは、一体、Fというコードを知っているのだろうか、と考えると、まるで宇宙の果てはどうなっているのだろう、と考えるに等しい「恐怖」を味わったものである。

 

やがて、私は、「そうだ、デレクがたとえ、Fというコードを弾けなくてもぼくはデレクをゆるしてあげよう」と思いながら床につくようになっていた。

 

2001.9/25 .Tues.


22:武満徹(たけみつ.とおる)(黄色人、日本、現代音楽作曲家、故人)


戦時中に音楽を好きになり10台後半から勉強を初めて楽器も弾けないズブの素人?がストラヴィンスキーと並ぶ20世紀を代表する作曲家に誰が成れるのだろうか?


その後、フルブライト基金により留学するのだが、一番、師事したかった作曲家はジャズ界のデューク.エリントンだ、という希望を述べたと言う。


当然、実現はしなかった。


黒沢明氏の映画「どですかでん」等、数々の映画音楽の作品を残している。

代表曲は琵琶(びわ)と尺八の二人の即興演奏に西洋のオーケストラがからむ「ノーヴェンバー.ステップス」である。

 

『ジョン.コルトレーン(ジャズ.テナーサックスの巨人)には「ジャイアント.ステップス」というサイコロを投げて作った曲がある。』


1960年代これが世界を驚嘆させた。ストラヴィンスキーが来日して注目したのが世界デビューの始りである。


一般の人間にとって武満は、明らかに「餌付け」の対象である。


できるなら十台で「餌付け」をしてもらいたい。


しかし、武満には、一般大衆との接点であるポップ.ミュージックの作品がある。


詩人の谷川(たにかわ)俊太郎氏が作詞を担当し、倍賞智恵子(映画「寅さん」の妹サクラ)が昔歌っていた「死んだ男の残したものは」と言う歌は有名である。


また、名前を伏せてのゴースト.ライター作品も数々ある、というが謎のままである。

晩年、井上陽水氏の奥さんである元流行歌手の「石川セリ」を引っ張り出して来て、武満氏の作曲したポップ作品だけを集めアレンジャーを別の編曲家にまかせたCDを出した。1998年前後ではなかったか。


SERI /(cocy-78624 )武満徹」と言うCDである。


この中では谷川氏の作詞の中に「バラライカ」という言葉も出て来るから井上陽水氏も当然影響を受けたであろう、と推測される。


不思議なハーモニーとメロディ感をもった日本の上質の「スタンダードミュージック」としてのポップス作品集である。


大衆との接点があってよかったよかった、である。

武満にはまた、貧しいハーモニーで技巧だけを華麗に駆使した古典的レパートリーが並ぶ、クラシカル.ギター界のコンサート現状を嘆いて、ポピュラーソングをギター用の独奏曲に編曲した作品集がある。

ビートルズの曲など様々である。


「ミッシェル」「虹のかなたに」等、全12曲ほどのポピュラー.ソングである。

これらの曲を芸術的に演奏したギタリストはいない、と思っていたらNHKの追悼番組で亡くなる前の武満氏にテープを送りを「武満弾き」としての御墨付きを得た日本人ギタリストがいた。

曲は「虹のかなたに Over The Rainbow] であった。あれほど芸術性豊かな音色を醸し出すギタリストは稀(まれ)である。元はジャズをやっていた、という。


当時は無名であったが、現在はどうか。30才後半か40歳くらいになっているだろう。

坂本龍一氏は、武満氏が倭物と洋物を合体させた世界を、自身は、アジアまで広げてそれをもっと大衆向けに構成している、と思われる。


武満徹に関しては、ジャーナリストの立花隆氏もなぜか「うるさい」。


氏も変態音楽好きの一人であるらしい。

 

2001.9/25 .Tues.


おすすめミュージシャン 8

23:スティーブ.ライヒ (アメリカ、白人、コンピュータ.ミュージック作曲家)

 

[デスク.トップ.ミュージック(DTM)」と言うジャンルが日本では大流行である。


ここ沖縄でも何かと言えばDTMである。


猫も杓子(しゃくし)も「電脳人間宣言」であるが何の事はない、あちこちからできあいの部品を組み合わせて「はめ込んで」いるだけである。

(一流とは区別している)


すべて一流の材料は揃っている。後はそれを入れ替えるだけである。


最近の空港レストラン風スタイルである。


そうした電子音楽の基礎を作ったのがライヒであり、日本では富田勲氏である。

『作曲家シュトック.ハウゼンまで遡(さかのぼ)るのであろうが、それは専門書に譲る』


今やライヒの提示した「繰り返しの音楽、ミニマム.ミュージック」と言うモチーフはあらゆるBGM音楽制作の分野で利用されているからさほどの新鮮味はないかもしれない。


推理小説の古典的名著と言うものを読むような感じである。トリックは昨今では陳腐に知り尽くされたものである。

しかし元祖には、必ず無限の創造の源泉が潜んでいる。

偽物に感じる創造の「行き詰まり」はない。

本物を知れば偽物の「下品さ」を見抜ける感性も宿って来る。


繰り返しの音楽の発想は、エリック.サティやジョン.ケージといった作曲家のアイディアが土台となっているのだろう。「この箇所を184回繰り返し弾け」といった指示のある譜面などだ。

したがい、初期のライヒの作品を現時点から聴いたとしてもそこには何ら「新鮮味」を感じる事はないだろう。

しかし、「元祖」にあたる作品には、行き詰まった亜流品にない自由な発想が剥き出しのまま放り込まれている。創造の「源泉」である。

マリンバ系の音で延々と、ある一定の伴奏系をシークエンス(繰り返し)している曲があるとすればその出所はライヒだ。

1970年代の前半、ニューヨークでローリー.アンダーソン(女性、前衛ボーカル)らと様々な実験音楽を展開した。

ロ-リ-.アンダーソンという女性は、アルバム「ビッグ.サイエンス」などで「声」による音楽を模索、坂本龍一などに多大な影響を与えた。彼のアマチュア-音楽への接近はこれに端を発する。

尖鋭なプロの音楽家はみんなアマチュア-へ接近し新しい音楽のアイディアを得る。

坂本は接近した素人音楽軍団の語法を自己の音楽の中に取り込み巨大化していくタイプのアメーバー型ミュージシャンである。

何の知識もない所から見よう見まねで創造してしまう細野春臣氏とは正反対のスタンスに立っている。

いずれにせよ私は、日本で言う所の「デスク.トップ.ミュージック(DTM)」と呼ばれる小学生にも既存の部品を組み合わせて制作可能なコンピュータを利用した音楽と、部品を一から発明して行く「コンピュータ.ミュージック」を明確に区別している。

(一流とは区別している。一般に認知されている世界を対象としている。念のため)


「デスク.トップ.ミュージック(DTM)」の方の部品が一流の演奏家からの転用物であるから一見、プロの作品を想起させる、という点が特徴である。

そこでよく考えて見ればよい。「この音楽はどこにでもある類のものではないか?」と自問して見ればテレビのBGMの域を出ていない事がわかる。

しかし、海外におけるコンピュータを利用した作品は、総じて「人間味」のある作品が多い。


明らかに「機械」である、というサウンドがコマーシャルの世界であってもさほどないように思われる。


いずれにせよコンピュータの世界は日進月歩であり様々な機械的な発展が遂げられている。


しかし、その「核」となる「感覚」は、機械をさわって生まれる、わけではない。


もともと、そうした「感覚」を有していた者が機械に触発されるだけである。


証拠を見せろ、と言うのなら私に最新の機材を与え、その使い方をしばらく指導してほしい。


たぶん、私の頭の中の音楽がまだ複雑で機械の方が単純である。なぜなら、その機械を駆使した音楽は今もって耳にしているからである。それがどんな機械であるか、という事がわからないだけである。


パソコンを使いこなしたからと言ってその人の能力がアップするものではないからである。


手紙のやりとりは、古代より存在し、平安時代の貴族のたしなみである。変わったのは「流通速度」であり、その中味が数段アップしたわけではない。むしろ退化しているはずである。

機械を使用する事により、その人の能力が「増大」するだけである。

したがい、もともと能力がない者がいくら増大してもそれは陳腐(ちんぷ)のままである。


陳腐とは、誰でもそれくらいは簡単に再現してしまう、という事である。

その事を情報としてただ知らないだけである。

坂本龍一は、コンピュータがなくても坂本龍一である、という事である。


ライヒに関しては、20世紀も終ろうとする中、来日し「映像と音楽」と銘打ったコンサートを行ない、その模様がテレビを通じ放送された。


相変わらずの尖鋭ぶりであった。


尖鋭感覚」の集大成と言えるコンサートであった。


元来、ライヒは「感覚の人」であり、知識を必要としている人ではない。


基本的に西洋も東洋も必要としないロボットの心を追求している作曲家である。


その後、年末に放映されたの坂本龍一氏の「オペラ」は、「知識」の集大成と言えるものであった。

是非は問わず。

2001.9/25 .Tues.


24:セロニアス.モンク(黒人、ジャズ.ピアニスト、作曲家、故人)

モンクを理解している者はどれくらいいるだろう?
生半可に楽器を齧(かじ)っている素人ジャズ演奏家では生涯無理である。

なぜなら、あの複雑な、既存の理論から得られないコード進行を持つ曲を即興演奏のテキストとして取り上げるレベルには生涯無理である。

一番、ポピュラーな曲である「ラウンド.ミッドナイト」でさえも素人演奏家ではコードを追い掛けるだけで手一杯である。やったとしても誰もそのアドリブ演奏には注意を傾けていず、おしゃべりに夢中であろうと思われる。

したがい楽器を生半可に演奏する事で喜びを見い出している者にとってモンクは、むつかしくて自己の現在のレベルでは無用のプレーヤーである、となってしまう。


あくまでも楽器を練習中の初心のレベルでの話しである。

 

このレベルは、スタンダード.ソングが入っていないCDは一切購入しない、という性質があるから常にジャズの革新には無縁である。


一切の銭(ぜに)を落としていない。

 

ビーバップの演奏に生涯取りつかれている最中であるからそれ所ではないのである。


しかし、意外にも多くのロック系のミュージシャンがその特異なメロディに着目しこれをポップな感じにアレンジし演奏している。

「モンクに捧げる」というトリビュート.アルバムが2枚ほど出ている。
ピーター.フランプトン(ロック.ギタリスト)、ドナルド.フェイゲン(ロック.キーボード)と言った面々がいる。


映画監督ジム.ジャームッシュの「ストレンジャー.ザン.パラダイス」に主演していたラウンジ.リザースのアルト.サックス吹きのジョン.ルーリーにもモンクを「大衆酒場」風に演奏した素人風のレコードがあったはずだ。


複雑なコード進行を取り除き、その奇妙にスウィングするテーマを抜き出し8ビートに乗せるのである。

モンクは多くの横揺れの「のり」を持つジャズ.ミュージシャンと異なり、縦ノリ系の独特な「間」を持って演奏する唯一のミュージシャンである。


モンク自身は否定していてもそのサウンド、ノリ、はまさしくデューク.エリントン(ジャズ編曲者、ピアニスト、作曲家)を元祖とする流派である。

ギタリストは大概、ロックの影響を受けた者がジャズの世界においても多数を占めるのでモンクの音楽が8ビート系にぴったりであることを感覚で了解している。


また、ジャズの世界では特異に見えたその存在もロック系のビートに乗せた瞬間にそれは陽気にスウィングするメロディへと変身する。水を得た魚(うお)のよう、とはまさにこのことである。

私は、かつてモンクの息子が率いているとされる「モンク.オーケストラ」をテレビで見た。

モンクの持つあの奇妙で特異なオリジナルがベニー.グッドマン楽団風の陽気なダンスミュージックとして編曲され次々と披露されていた。

私は、「ちがうのだ!」と思わず深夜叫び、それでは、と実際に自分でも編曲して見る事にした。

こうして私の作品集第3集「作編曲編」にモンクのオリジナル「リズマニング」のビッグバンド.スタイルが生まれた。


モンクの持つ奇妙さや特異な世界がそこでは忠実に再現されている。
しかも、さらなる制約、リハーサル所用時間10分程度の譜面、という条件である。

互いの楽器のシンプルな譜面を吹いて行く中で「モンク」が踊り出すようにできている。


ビッグバンド至上、最高の「変態モンク.アレンジ」である。1990年の作品である。

これくらいで自画自賛はやめておこう。どうせ反感を買うのなら、ついでにもう一言、という境地である。


モンクには独特の暗さがあってジャズの中でもモンクだけは苦手である、と言うリスナーがいる。

しかし、良薬は口に苦し、である。くさやの干物である。沖縄の「いらぶー」である。(絶対食べない!)。あるいは「コウモリのスープ」である。


モンクの世界にはジャズの未来が隠されている。ジャズのすべてがそこにある。


オブラードで包み込んだ「モンク」でもよいから少しづつ馴らして行くと深い深い海の中に貝のように口をつぐんだモンクが人恋しくあなたを待っている。

独りの人しかもてなしてくれないのである。


それがモンクの持つ「やさしさ」である。


私は、私の作品集第4集「ノイズ.インプロヴィゼイション」の最後に電子ピアノで冗談で「ラウンド.ミッドナイト」を「打演」し、その「カナシミ」を表現した。

 

ピアニストの大半は激怒するようである。


罰(ばち)が当たってその後数週間、私の両拳には幾重にも包帯が巻かれる事となった。

罪はこれで償(つぐな)った。


しかし当時の人々にとって「モンク」はああいう風に聞こえたはずである。


いずれにせよ「モンク料理」のネタはまだまだつきないことは確かである。

セロニアス.モンクは21世紀の人である。


「MONK」をひっくり返せば、なんでも「 KNOW」(知っている)になる、と自慢していたが、一応「K] の文字はさらに左右を逆にしなくてはいけない。


2001.9/25 .Tues.


25:パコ.デ.ルシア (スペイン人、フラメンコ.ギタリスト)


どうしようか迷ったが、知らない、と言う者がいればそれはやっかいである。


とにかく超絶速度を持つフラメンコ.ギタリストである。

 

通常、右手の人差指と中指の2本で単音を弾くのだが彼は薬指まで働かせ3本としている。


「スーパー.ギタートリオ.ライブ」というCDを聴けば、ジョン.マクラフリンもアル.ディ.メオラもついでに聴ける。


当時、パコはジャズ系の二人について行くためにツアー中、ホテルから一歩も出ず、必死で様々なスケールを練習したそうである。


保守的なスペインのフラメンコ界は、そうした他流試合に明け暮れるパコを「あれはフラメンコじゃねえ」と批判していたそうである。


フラメンコに必要なものは「情熱」であり、「知性」ではなかったからである。


「フラメンコ」と言う音楽は、基本的に人間の根源の狂気を呼び起こすために生まれている。


要するに「バカ騒ぎ音楽」である。


沖縄で言えば「毛遊び(もーあしび)」と呼ばれ、何かと問題の広辞苑にも載っている。


仕事を終えたあと、野原で若い男女が集まり歌や踊りに興じた「夜遊び」である。


それのスペイン版がフラメンコの世界である。


南の地特有のバカ騒ぎ音楽である。

 

だから基本的に人間を心底興奮させるようにできている。


闘牛を見てもわかるであろう。


沖縄の闘牛は、牛と牛を闘わせるものである。


したがいフラメンコは、大衆の心に根ざした音楽である。


フラメンコと比較するとつくづくジャズは、「首から上」の音楽になっていっている。


ジャズには、さほど音楽にくわしくもない一般大衆2,000人を狂喜乱舞(きょうきらんぶ)させる力はない。


ところがフラメンコにはそれが可能なのである。


沖縄の「カチャーシー」と呼ばれる民衆が踊り狂うお囃子(はやし)と共通する物がある。


その中からピカソが愛したとされるギタリスト、「マニタス.デ.プラタ」(Manitas De Plata)がいる。「銀の爪」と呼ばれていた。


棟方志巧(むなかた.しこう:版画家)が愛した津軽三味線の高橋竹山(ちくざん)のようである。


私も一人くらい私のギターを愛してくれる画家がいないものかと思うが、いたような気もしないでもないが案外、いなかったかもしれない。募集中である。


再三言っているように、フラメンコ界は、ジャズ界同様、スノッブ(知ったかぶり屋)の巣窟(そうくつ)であるからこの辺でやめておこう。


圧倒的なリズム感の悪さとデタラメなアドリブごっこからは、パコの音楽を理解することは不可能である。


あの音楽の解説はジャズ屋の領域である。


ジャズの知識なくして現在のパコの音楽をどうやって理解するのであろう。


しかし、ジャズさえも知ったかぶりする種族の解説が氾濫しているからいらぬお世話であった。


しかし、彼らの解説を聞いて見たい、という興味はある。


一度、そうしたジャズ通のプレーヤーの解説を聞いてひっくり返ったことがある。


「ピアノがメジャー7thを弾くからブルーノートを決められなかったよ」と言うコメントである。


これは、素人にはわかりづらいが、例えて言うなら、「オレの作った料理がまずかったのは、醤油のせいだよ、いつもは香港直輸入のものしか使ってないからね、日本産じゃ上手い料理は作れないよ」と言っている感じだ。


本当にスノッブ(snob)と言うのは平気でこんな台詞を吐けるのだ。


一体、映画を見て、本当に主人公に感情移入しているのだろうか?

どう見ても悪役のちょい役だ。


不思議な観察眼である。


なんでこうも器楽音楽の世界にこうした種族が集まってくるのだろう。


私がパコに出会ったのは、16才頃であり、私の腱鞘炎(けんしょうえん)の原因を作った犯人の一人である。


しかし、フラメンコ.ギターは基本的に開放弦の響きを中心に組み立てられるため「カポ.ダスト」と呼ばれる器具を使い、左手人指し指でギターを押さえ続ける替わりに任意の一点に固定させて実際に人指し指で押さえる替わりにすることで様々なキーに対応している。

 

そのため、さほど「握力」は必要としていない。


ジャズでは開放弦の響きは「明るすぎる」ためあまり多用しない。


しかしその分、アコースティック.ギターを弾き続ける握力に限界が早く来てしまう。


実は私はこれで腱鞘炎が持病になってしまったのだ。


毎日、40分の5ステージのギター.ソロを無差別にポピュラー曲集から弾いていれば手は確実に壊れてしまう。開放弦のキーばかりではないのである。


この間(2001年5月15日)初めて「来沖」したパコの「握力」に着目していた私は、ちょっと拍子抜けしてしまった。


大抵カポ.ダストを使い何分も伴奏に徹していたりするのだ。左手人差し指でギュッとギターを押さえ続けているわけではないのだ。


しかし、当日、2,000人の観客を熱狂させたパコ一族(兄が第2ギター、その他、歌手、ダンサー、サックス、エレキベースなど)は、ブラジル最強といわれた柔術一家のグレイシー一族のようであった。


ヒクソン.グレイシーの雰囲気を醸し出すパコの「握力チェック」に興味が行ってしまった私は、パコもいずれ無名の使徒にノックアウトされる運命にあるのだろうか、と意味不明な事を考えて聴いていた。


それにしても「一族」での旅回りはにぎやかで楽しいものだろう。

 

ジャズの世界にはない温かくも激しいファミリー.ビジネスである。

おすすめミュージシャン 9

26:高橋竹山(ちくざん)(黄色人、日本、津軽三味線、故人)


高橋竹山は明治43年(1910年)の生まれである。津軽三味線を「即興独奏」の域にまで高めた。子供の頃失明し、物乞い芸人同然の紆余曲折の日々を経て、60才を過ぎた竹山の伴奏をレコードで聴いた東京のレコード会社のプロデューサーにより見い出され唄の伴奏楽器としての三味線を「独奏楽器」として高め、名声を得る。窮極の「独奏即興演奏(インプロヴィゼイション)」の活動に入る。60才過ぎてからの挑戦である


竹山は、版画家、棟方志功(むなかた.しこう)にインスピレーションを与え続けた奏者としても有名である。常に志功の作品のバックには竹山の「即興」が鳴り響いていた。


二代目「竹山」の名を女性の弟子に襲名させた際、「数多くいる男子の弟子は、何とか自分の力でやっていくだろうが、彼女は何もかもを津軽三味線に捧げて今日までついてきた。私にしてやれるのは「竹山」の名を与え、彼女を守ってやる事だ」と言い世を去った。

初代、竹山の演奏の特徴は、怨念の放出である。


様々な障害に出合いながらもなおも弾き続ける生命エネルギーの放出である。けっして華麗(かれい)ではない、流麗(りゅれい)でもない、一度切りの偶然性の模索である。徹底した自己模倣を回避するために時には負の領域にさえも踏み込んで行く姿勢である。


一度華麗に音楽を決めた自己を模倣する、こずるい媚びた自分との闘いである。


晩年は、「音色(ねいろ)」、「一音の充実(おもみ)」にあった。一度だけの音楽を探し続けたのである。


例えそれが「美しく」はなくとも、である。


以下は、インターネット上の記事の抜粋である。


98/02/05 東京夕刊 社会面 07段

高橋竹山さん死去 三味線抱え旅から旅 津軽民謡に新たな「命」

津軽三味線の名人、初代高橋竹山さんが五日未明、亡くなった。幼少のころ視力を失うというハンデを背負いながら、その日の糧を得るために家々の門口に立ち、三味線を弾く旅を続けた。そんな厳しい体験が、「一人でも多くの人に聴いてもらうため、演奏者はまめに歩かなければならない」という姿勢につながり、心を揺さぶる豊かな音色は海外でも高く評価された。

◆口癖だった「死ぬまで舞台に上がらなければマイネ」

竹山さんは幼時のころ、はしかがもとで視力を失った。貧しい一家を助けるために自立を強いられ、津軽三味線を習得。十五歳から「門付け」と呼ばれる旅芸人の生活を続け、戦前は樺太(現サハリン)にまで出掛けた。
戦後、民謡名人の成田雲竹氏の伴奏を務めた後、三味線による独奏というスタイルを確立。「三味線は生き物。オレに弾いてくれ、と語りかけてくる」と言うように、「じょんから」「よされ」「十三(とさ)の砂山」「弥三郎節」などの津軽民謡に、新しい命を吹き込んだ。即興曲「岩木」のようなオリジナル曲もあった。
一九七三年から東京・渋谷の小劇場ジァン・ジァンを拠点に活動。津軽の風土を盛り込んだ、力強くて情感あふれる名演奏で、若者の間に一大ブームを巻き起こした。津軽言葉による語り口もユーモアにあふれ、人気があった。
三味線を抱えての旅は海外にまで及び、七七年のモスクワ公演をはじめ、八五年ソウル、八六年全米、九二年パリでもコンサートを開いた。いずれも大成功だった。また、その波乱に満ちた半生は、新藤兼人監督によって「竹山ひとり旅」(七七年)として映画にもなった。
「芸人は、死ぬまで舞台に上がらなければマイネ(だめ)」が口癖で、八十歳の時には年齢に合わせて全国八十か所でのコンサートを企画。しかし、九五年三月のジァン・ジァン公演を最後に休養に入った。
九七年一月、直弟子・高橋竹与さん=写真=に「二代目竹山」の名跡を継がせ、ジァン・ジァンでの襲名披露公演にゲストとして参加。観客の前で久しぶりにバチを持ち、満席の会場を大いに沸かせた。
高橋さんは二年前から喉頭腫瘍のため、入退院を繰り返していた。

 ◆「勉強家だった」

 青森県平内町小湊の竹山さんの自宅には、故人と親交のあった文化関係者や町民らが次々と弔問に訪れ、ありし日の竹山さんをしのんだ。勤労者音楽協議会(労音)の舞台を通じて竹山さんを世に送り出し、「自伝 津軽三味線ひとり旅」(新書館)の執筆にもかかわった青森新芸術鑑賞協会の初代事務局長、佐藤貞樹さんは「三十年前後、ずっと一緒に仕事をしてきた。百年に一人、出るか出ないかの逸材。竹山の究極の目的は、魂をつかむ音を作り出すこと。そのために、世界中の民俗音楽を聴くほどの勉強家だった。非常に残念だ」と、言葉少なに語った。

◆優しく悲しい音色

映画「竹山ひとり旅」を監督した新藤兼人さんの話「生活のために弾き、戸を開けさせて一握りの米をもらう。そんな生きるための必死の芸で、結果として名人と呼ばれるようになったと思う。目が不自由だったことで相当な差別を受けたと思うが、それと闘ったことが竹山さんの三味線を豊かにした。その音色は激しいが、優しくて悲しい。本当に生活感のこもった生きた三味線を弾いた人だった」

◆考え方の自由な人

 二代目・高橋竹山さんの話「今年の1月7日に青森で会ったのが最後になった。その時は割と元気そうで、『3月にまた来るからね』と約束していたのに……。厳しい生活をしてきた人だったが、性格は温厚で、音にも温かみがあった。また、自由な考え方の持ち主で、芸はこうあるべきだなどとは決して言わなかった。私が新しい試みをしようとする時も、『とりあえずやってみろ』と許してくれ、見守ってくれた」

以下のサイトより抜粋:

http://www.yomiuri.co.jp/yomidas/konojune/98/98o7a1.htm


2001.9/25 .Tues.


27:キース.ジャレット(白人、ジャズ、クラシック、インプロヴィゼイション.ピアニスト)

 

キース.ジャレットがいなかったらジャズはどうなっていただろう。


自由だと言われるジャズに本物の「自由な風」を吹き込んでしまった。

 

それは「精神の自由」である。

 

キースは、ジャズもクラシック音楽同様「神への捧げもの」となる、と考えているのだろう。


彼は、そこへ本気で「神が降りて来る」と感じているのだ。

 

その力によって万人(ばんにん)が一つになる瞬間にこそ自己の「生(せい)」を唯一感じる事ができるのである。

 

彼にとって音楽は、儀式である。

 

日常を支える手段ではない、日常から切り離された「儀式」である。

 

私が言う「霊感奏法」の頂点を極める演奏家である。

 

しかし、彼を本気で、もし好きだと言う者がいたら、おそらくその精神は病んでいる。


強烈なる孤独感に襲われ、何か得体の知れない「荘厳(そうごん)な精神」との連帯を求めているのである。


それはキース自身が求めている世界でもあるからである。


求める人々がいて、その対峙(たいじ)の中にキースは「儀式」を行なうのである。


キースの「祈り」の儀式が始るのである。

 

私が、キース.ジャレットのレコードで一番好きなものは「スピリッツ」であった。

二枚組のレコードであった。


一切ピアノ演奏をせず、たった一人であらゆる民族楽器の演奏を重ね、遠い異国の民族の音楽を「創造」したのである。サックスも少し控えめに吹いている。


一つ一つの楽器はキースのアニミズム(偶像崇拝)の現れである。


ピアノを捨てた自分に神は宿るか、というピアノを超えた「祈り」を模索するキースがそこにいる。

どこかしら日本風で、また異国風である。


キースのピアノ演奏は大抵どれも素晴らしいからこれと言って上げても切りがない。

ただ「ビリーズバウンズ」という曲の演奏だけはゴメンである。


ブルースである。

キースには「黒人らしさ」は当然欠けている。


素人騙しのブルーノート(黒人風音使い)使いである。


なぜキースがブルーノートを弾けないか、という命題は、キースは極めて自己の「血」を探究していくミュージシャンであるからだ。


自己のアイデンティティーを模索しているのである。


彼は音楽表現において「捨てること」を知っている唯一のミュージシャンである。

 

彼は常に自己の内面を探究し、そこからまだ見ぬ自己を探り続けて行くのである。


だから彼にはブルー.ノートはいらないのである。

 

ビーバップもいらない。

 

彼の求めるものは外界には存在しない。


外界は常に彼の内界を刺激し新たな発見を自己の中に見い出す媒体でしかない。


彼の2,3のピアノ演奏を聴いた後は、ぜひとも「スピリッツ」を聴いてほしい。

これを「お正月」に流すと極楽である。


これを再現するにはキ-スが少なくとも20人くらいいなくてはならないから実演は不可能である。

そう簡単に同時代に「変人天才」は20人といない。


「スピリッツ」の音楽性と霊感の高さは15年の歳月を経て、21世紀に入った今日でも忘れられない。


至福の時間だったのだ。


私のキース評は本物である。

 

私にはわかる。

キースには「キース.ジャレットの本」という日本で出版された高価な名著がある。

 

芸術家向けである。



2001.9/25 .Tues.



28:ジョー.パス(白人、アメリカ、ジャズ.ギタリスト、故人)

20世紀の日本人にとってジョー.パスは偉大な教科書であった。


あまりにも外野がうるさいので文句を並べてはいるが、ジョー.パスは「アメリカン.カーニバル(お祭り、謝肉祭)」なのである。


古き良き時代のアメリカである。


アルバム「フォア.ジャンゴ」に始り、初期の数枚は絶品のアメリカン.カーニバルの世界である。

ただ、再三言うようにジプシー.ギタリスト、火傷(やけど)で2本の指でしかないと言われる「ジャンゴ.ラインハルト」の音楽的影響はない。


誰が言い出したのか、実に不可解な解説である。

私に「天地真理」の影響がある、と言われるのに同じである。(ふる~)


ただ、あの圧倒的な2本指から繰り出される「早弾き」に「オレもジャズでがんばろう」とジョー少年は「燃えた」に違いない。

チャーリー.パーカー(アルト.サックスの巨人)をギターに置き換えれば「ジョー.パス」になる

これはまちがいない。やってみたことがある。ギターでは少し「ダサイ」と見られるサックス.フレーズを修正したら「ジョ-.パス」になってしまった。

観念だけでジャズを捉(とら)えていくと「ジョー.パス」という人間の「職人芸」が軽視されしまう。


ジャズ入門者にとってジョー.パスが特別視される理由は、ジョーのアドリブ理論が、忠実に古典ジャズのテキストを再現して見せているからである。

不思議な音づかいはどこにもない。さらにどういったコードは無視してよいか、と言った「熟練」の唄い回しも示してくれる。


では、ジョーを批判する者の論拠はどこにあるか?


私のことである。


相変わらずも論拠は一つである。

 

「ジョ-.パスが好きだ」と言う奴が気にいらないからである。


なぜなら、彼らは「ジョ-.パス」以外を認めないからである。そしてやっぱり単なる「早弾きバカ」なのである。

しかし、さすがに最近はジョー.パスを聴く人も減ってきた。


古き良き時代のアメリカに憧れる世代がいないからである。


ジョー.パスは、あの、なつかしい「ラムネ(レモネード)」の味である。

おじいちゃんの弾くギターは、「ジョー.パス」であった方がいい。


年とって「ジョン.スコフィールド」じゃあ、ちょっと生臭い。


どうせその頃にはもう古臭くなってるんだし。

 

100年の伝統を背負うか、新しい10年の流行を背負うか、という話しである。

でもまだまだ、「おじいちゃん」になるには時間があるのではないでしょうか。

 

 

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