独習の盲点

1:語学の独習

物事の習得には、1日や1週間、1年では、すぐにはマスターできないことがたくさんあります。

たとえば、語学の発音なんかもそうです。

ただ、YouTobeやDVD、CDを見せて、発音がよくなる、という事はありません。

音声学の学者たちが、様々な検証と分析を重ねて、

「THの発音は、舌先を上下の歯で少し噛んでから発音している!(あるいは歯に接触させる)」とか、

「Lの発音は、ちゃんと上の歯の裏に舌先を付けるだけで“ル”と言わない!」だとか

「Rは、舌先をどこにも接触させないように!」と言ったことを“発見”して行きました。

こうした事を言わなくても、無意識でやれる幼児は、

ネイティブ・スピーカーの子どもたちくらいだ!、と思いがちですが、そうではありません。

 

日本語でも、正しい発音を幼児に教える際は、目の前で、口の動きを見せながら発音しているものです。

「“ぴーしゃらら~”じゃない“ぴ~ひゃらら~”!」、「ひゃらら~!だぞ!」と言った調子です。

これが、英米人なら、「Rice (ご飯)!、Not,Lice(シラミ群じゃない!)」とか?、面と向かって言っているのかも知れません。

 

2:武術の独習

世の中に「オタク」と呼ばれる人はたくさんいますが、技術事に関しては、やはり師匠がいなくては正しく学べないものです。

あるいは、実践経験です。武術関係では、実践経験の豊富さで、正しい方法を見つけて行くやり方があります。
「教科書ではこうだけど、実際には役に立たなかった!」という発見です。
この発見は「最新情報」となります。

しかし、それでも実践経験豊富な師匠に師事する、という事は、こうした無駄な知識、情報、経験を省く手間があります。

それだけで、20年分の知識や経験が無用になったりするくらいです。

経験から学ぶのは、量ではありません。その質が大事だからです。

100冊の本を読んでいても、1冊しか読まない人より理解していない!、という事は、よくあります。

経験主義になると、いくつも戦争を経験しないと、平和の尊さを学ばない、ということになりますが、

実際には、その逆になっていたりします。
いくら経験しても、慣れて行くだけで、何も学んでいないわけです。

しかし、技術事の世界では、そうした師匠もなし、実践経験もなし、

ただ、ひたすら、雑誌や本を読むだけ、という知識や情報を中心とした「オタク的」学び方では、俗に言う「畳の上の水練」になります。

実際に泳ぐ機会もなく、畳の部屋で「泳ぎ方」の本を読んでいるわけです。
現在では、インターネット、YouTube学習、という事になるでしょうか。

もちろん、ある程度の実践経験がある人にとっては、そうした情報の良し悪しも判断できて、有効に活用する事ができます。

技術の活用、利用には、師匠からの学びと実践の両方からのバランスの取れた学び方が理想です。

オリンピックのコーチと選手の関係ですね。

カテゴリ:独習の盲点 

この記事に関連する記事一覧

ページの先頭へ